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米国陸連が事前合宿を中止した理由

 米国陸連が東京五輪の代表を発表した。総勢81人。アリソン・フェリックスは5回目の五輪。最年少は男子200mのエリヨン・ナイトンで17歳。選考会では世界記録2つ、アメリカ記録、大会記録、自己記録、と記録三昧だったが、東京でも実力を発揮できるか楽しみだ。
 
 多くの国がすでに日本に入国し、事前合宿を行っているが、米国は事前合宿を中止している。


「昨年、大会延期が決まった際に、事前合宿の中止も決定しました。不透明な状況下、米国陸連は国内大会を増設し、選手の支援に尽力しています。米国代表は東京五輪を楽しみにしていますし、千葉県の変わらぬ支援に感謝しています」

 時差調整なども含め、コンディショニングを大きく左右する事前合宿を、アメリカはどうして中止にしたのだろう。
 

自治体への多大な負担も考慮 

 事前合宿には選手、陸連スタッフ、代表コーチやアスレチックトレーナー、栄養士などに加えて、個人コーチや家族も帯同することがある。人数は2、3倍に膨れ上がる。
 今大会では渡航制限があり、個人コーチや家族の来日は難しい。大事な調整期間にコーチと離れるよりも、ギリギリまで米国拠点で練習する方が得策と考えたのだろう。

 コロナ対策も懸念材料の一つだ。米国チームは事前合宿中、ホテルと練習場所の往復になり、基本的にはバブル(隔離)に入るが、地元のボランティアの方々やスタッフはその限りではない。
 事前合宿でのコロナ関連の費用は国が負担することになるが、合宿地でのPCR検査や消毒、コロナの陽性者が出た場合の感染経路の確認、陽性者の隔離、濃厚接触者の確認と隔離など、自治体、医療関係者、そしてチーム、ボランティアへの負担は大きくなる。
 事前合宿の中止は、チームだけではなくお互いの安全と安心、また互いにコロナ対策で余計な労力を使ったり、神経をすり減らさないためという意図もあったように感じる。

五輪延期で米国陸連は資金難に

 事前合宿の中止のもう一つの理由に、資金的な問題がある。
 昨年、五輪が延期になり、賞金レースに出場できなかったり、スポンサーからの支援が減額されるなど厳しい状態に陥った選手も多かった。米国陸連はそういった選手たちに強化費を配布し、支援を続けた。
 今季も海外遠征にいけない選手たちのために「Journey to Gold(金メダルへの旅)」と題した国内レースを創設。世界陸連の公認ランク取得のために、まとまった金額を支払うなど、選手の支援に予算を使ってきた。しかしコロナ禍で五輪が延期になった影響で、米国五輪委員会から本来受け取るはずの分配金もなくなったほか、米国陸連主催の国内大会も次々に中止になり、チケット売り上げ、メンバーからの会費や参加料という大事な収入源を失った。
 事前合宿は大舞台での選手のパフォーマンスを支える、大事なものだが、事前合宿を行うメリットとデメリットを熟考し、コロナ禍で困難にあった選手への支援に予算を注ぎ込むことを選んだ。

困難な選手の行動管理

 前述したように米国陸上チームは、競技別チームでは最多人数。81人の選手、そしてスタッフの行動管理をするのは難しい。
 一箇所で練習できる競技はともかく、屋外での競技での練習の行動規制はなかなか難しいように感じる。わざわざ競技場まで行かず、ホテルの近辺をジョギングして練習を終わらせたい選手もいるはずだし、水分補給のために途中で自販機で飲み物を買うかもしれない。そういった行動もすべて制限されたり、咎められたら、かなり息苦しい。

 ロンドン、リオ五輪に110mハードルで出場し、現在ミシガン大学職員のポーター氏は、「事前合宿は通常は緩い雰囲気なので、ちょっと外出したくなる選手たちが出てもおかしくはない。事前合宿で陽性者が出たら、チームにも(合宿を受け入れてくれた)自治体にも多大な迷惑がかかる。米国はリオ五輪の際に水泳選手がトラブルを起こした過去もあり、残念ながら絶対大丈夫、とは言えない」と話す。

 厳しい表現をすると性善説ではなく、性悪説で選手に対応する、ということなのだろう。 
「選手村に入ったら、試合スイッチがオンになって、遊びたい、外出したいなんて気持ちは全くなくなるはず。だから空港から直接、選手村に入る方が、いい緊張感を保てるのでいいのでは。米国選手たちには気の毒だが、奮起して頑張ってほしい」とエールを送る。

大きなハンディを背負って大会に参戦

 米国の陸上選手は、出場する試合日の5日前に来日し、そのまま選手村に入村し、大会に臨むことになる。通常、事前合宿で時差調整、異なる気候や食事などに適応するのだが、今回はその猶予はない。ベテラン選手はこれまでの海外遠征の経験でハンディをカバーすることができるが、今回が初代表、初の海外遠征、初アジアというような若手には厳しい戦いになるだろう。特に湿度対策が必要な種目の選手には同情しかない。

 またリレー種目には大きなハンディを抱えて臨むことになる。4×100リレーは女子は3連覇、男子は2004年アテネ大会以来、4大会ぶりのメダル獲得が期待されるが、リレー合宿もできないため、ぶっつけ本番でレースを走ることになる。2019年ドーハ世界陸上で男女ともに金メダルをとり、東京でも金、と意気軒高だったが、黄信号どころか赤信号が灯っている。

 特にバトン渡しが苦手な男子は「バトンを落とさず、オーバーゾーンをせず、無事にゴールまで走る」のが最低目標かつ最大目標になり、決勝進出しメダルを取ったら「東京の奇跡」と陸上ファンに永遠に語り継がれると思う。

 すでに事前合宿のために入国している国もある。選手のため、ベストな状態で結果を出させるためには必要かもしれない。だが、受け入れ先の自治体、大学などの組織、ボランティアスタッフへの過度な負担を考えると、米国陸上チームの彼らの決断は英断だったと思う。ハンディに負けず、大会では良いパフォーマンスを見せてほしい。


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