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サラリーマンだった僕が魔法学校に入学したら洗脳されかけた話(中編)

https://note.com/aoicolumn/n/n9a1a461cf573
↑ サラリーマンだった僕が魔法学校に入学したら洗脳されかけた話(前編)

 私は人生で初めて取得した有給の一日を十年経った今でも鮮明に覚えている。「私用のため」と書かれた申請書類を提出した私に対し「なんで水曜日なの?こんなクソ忙しい月の真ん中じゃないとダメなの?私用って何?」と上長が不機嫌そうに立て続けにまくしたてたことも覚えている。

 当時グレー企業ど真ん中(給与だけはそれなりに支払われていたためブラックとは思ってなかった)だった某Rに勤めていた私は、もはやこの手のパワハラに対して不感症になっていた。業務中のお手洗いは上長の許可制、休日出勤すると同期がほぼ全員いるのは当たり前。そんな環境下での有給申請なんてものは月初にとろうが、月末にとろうが「このクソ忙しい時期に」と言われることは容易に想像がついたからだ。「魔法少女が働いているカフェに行くので…」なんて告げた日には上司はどんな顔をするのだろうか。また心の病院を紹介されるのだろうか。などと思いを巡らせていたが「家族の都合で…」と口を濁す程度で留めておいた。この言い訳は本当に疲れた時にとっておこう、などと思ったことも覚えている。

 晴れて有給を取得できた私は、意図せず朝7時に目覚めた。というより、体が7時に起きるようにできていたと言った方が正しい。起床後すぐに後輩Sを電話で叩き起こし、スケジュールの確認を行う。どうやら魔法少女カフェは午前11時からオープンしているようだった。これは私にとって好都合だった。

『どうせならオープンから行かね?平日だから客も居なさそうだし、その方が店員とたくさん話せそうじゃん。』

 今思えば、この提案が私の大きな過ちだった。2012年当時『コンセプトカフェ』(以下コンカフェ)なんてものはほぼ存在しなかったこの時代。平日昼間のコンカフェが何を意味するのか、私が知る由もなかった。「平日昼間のコンカフェ」と書いて”地獄”と読む。掃き溜め・三角コーナーと言ってもいい。

 何故、地獄と呼ばれているのか?これは知見のない人達からすると耳を疑うような界隈内での常識なのだが、平日昼間にコンセプトカフェに通っている男性客は一定数いる。それは「一般成人男性」からは程遠い種族の男性達、悪い言い方をすれば「終わりの人」「現世での居場所をなくした爪弾き者達」のオアシスであり終着点なのだ。そこはフリーター・営業中のサラリーマン・自称自営業・生活保護受給者など様々な事情を抱えた人達をコンカフェは優しく包み込んでくれるのだ。

 魔法少女達が労働に勤しむ「学び舎」は、意外にも池袋にあった。電車に揺られること13分、埼玉の中でも東京寄りに住んでいた私にとって池袋は庭のような存在だった。その庭ともいえる大地に魔法少女達の学び舎がある事を知った私は、行き慣れたはずの祖母の家に知らない部屋を見つけた時のような高揚感が湧き上がるのを感じていた。いけふくろうの前でSと合流し、東口から歩くこと5分。サンシャイン通りの方へ向かっていくと道を脇に逸れると、お世辞にもオシャレとは言えないようなビルの並びに、「100年前からありましたよ」みたいな風格をしてその学び舎は佇んでいた。

 まるでホラー映画に出てきそうな油圧式のエレベーターの前でフロアマップを確認する。他のフロアにはいかにもいかがわしい店名の店が並んでおり、そのラインナップの存在感に気圧された私とSは、店に入るべきか一瞬迷ったが、まるで存在しない駅のホームの壁に突進する魔法学生のような気持ちで吸い込まれていった。

 エレベーターが目的のフロアに到着しゆっくりと扉が開くと、そこには図書館のような壁(正確には本棚を模したチープな壁紙)が広がっていた。どうやら入り口が長細い通路部分にあり、店の受付は左奥に進んだところにあるようだった。ここからでは店内の様子が全く伺えないので、まるでFPSゲームで敵が居ないかクリアリングするように扉からそーっと頭だけを出して店内を見渡すと、そこには”地獄”が広がっていた。

 店内右手にはおよそ1mはあるであろう巨大なシナモ○の人形を膝の上でブラッシングするハゲちらかしたタンクトップの中年男性が座っていた。お前ブラッシングするところ他にあるだろ…と思いながらも視点を左手にずらすと、軍服と白い手袋を身に纏い、魔法少女を恫喝している明らかに「付き添いの人」が必要なレベルの中年男性が瞬時に目に飛び込んできた。

 情報量が多すぎる。それはおよそ2秒程度の出来事だったが、私に恐怖を植え付けるには余りにも十分すぎる時間だった。その2人はまるで風神と雷神のように店の受付を守っているようだった。誰から何を守っているんだ。あまりよく見えなかったが、店の奥にも3-4人の男性客がいるようで、店内に怒号が飛びかかっていた。誤って競市に来てしまったのかと錯覚してしまい、エレベーターの中でSと目を見合わせたが「ここで帰ってはいけない」という、財宝目当てでピラミッドに来た墓荒らしのような心理が働き、私とSは学び舎あらため『地獄』の受付に歩をすすめた。

 白と紺のヒラヒラな制服に身を包んだ魔法少女が、私達を奥の方の席へと案内すると、丁寧に片膝を床について店のシステムを説明してくれた。どうやら飲み放題のシステムしかないようで、ドリンクやフードを提供する際に店員と少し会話ができるような仕組みだった。ガールズバーすら行ったことがない私からするとせわしなく働いている店員に話しかけるという行為はいささかハードルが高かったが、まわりの客は店員達にしきりに声をかけていたおり、そしてあしらわれていた。

 これは「勝てる」な、と私の直感が告げた。イケメンやリア充(当時最先端ワード)が跳梁跋扈する現実世界ではいざ知らず、このコンカフェという名の三角コーナーにおいては、現実世界では見向きもされない私でも若くてそれなりに金があってトークができるというだけで無双できるのでは…というイキリオタク特有の浅はかな発想に至った。結果として私は、この世界観に徐々に洗脳されていくのだが、それは後編で書くこととする。

↓サラリーマンだった僕が魔法学校に入学したら洗脳されかけた話(後編)
(2日後更新予定)

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