わかっているのだ

なぜかちょっぴり、眠りに落ちようとするのが億劫になる、
テディベアとお話しができそうな夜更け。

楽しい1日を過ごしたはずなのに、自分のやりたいことをやって終えた1日のはずなのに、
なんとなく満たされないというか、このまま眠ってしまうのがどうにも辛いような、
そんな気持ちになるのはなぜだろう。


今日は、バンドの練習がいくつかあった。
私が所属している軽音楽のサークルは、固定のバンドメンバーでやっているわけではないから、
曲ごとに人を集めて、何回か一緒にスタジオに入って練習するのだ。

みんなで音を合わせる瞬間はとても楽しいけれど、
練習が終わった後になぜだかほんのり、
寂しくて、心がもやもやして、
居心地の悪い疲れにどっと襲われる。
自分の好きなこと、自分のやりたいことができているはずなのに、
どうしてか、このまま清々しい顔で帰ってしまうのがもったいないような、
何かが足りていない、何かが満たされないという、
不思議な気持ちになった。

何かが足りない。


あっという間に過ぎ去った8月は、ほんのり涼しい夜風とともに、着実に夏を終わらせていく。
大学3年生の夏休み。
なんて嫌な響きの言葉だろう。

周りを見れば、来るべき次のステップへと着実に足を進めようと、
いろいろなことに忙しなく追われている人ばかりだ。
みなが自分のサイコロを振って、それぞれの方角に足跡を伸ばしてゆく。
自分だけがスタート地点に取り残されたまま、
うまく体を動かすことができないで、
ぼうっと、立ちすくんでいるような、そんな感覚。


入学したての頃に形ばかり入会していたサークルで、
2年生の夏休みが始まるのと同時に、
ほこりをかぶっていたギターを抱えて歌い始めた。
人並みには熱中したと思う。
弾けるようになった曲と友人が少しずつ増えていって、
あっという間に1年が経っていた。

嘘をつかないように言うなら、
人生で初めて音楽をすることは、想像していたよりも楽しかった、のかもしれない。
自分の生活を常に何かの将来と橋渡ししながら目的のために暮らしを合理化することで淡々と生きているような、
栄養ドリンクみたいな高校時代の人生のあり方とはかけ離れた場所で、
自分のやりたいことを、気の済むまで自由にやっていることができた。

安寧しきっていた。


わかっているのだ。
今のような生活を送ることができるのは、あまりにも恵まれた特権だということくらい。

わかっているのだ。
いくら音楽に熱中したって、ずっとそんなことをして生きていくことはできないことくらい。

わかっているのだ。
自分には、万に一つも音楽の才能や素養があるわけではないし、
1年そこら練習しただけの自分よりも何倍も上手で何倍も多くの経験を積んできた人が、ここにはごまんといることくらい。

わかっているのだ。
自分は大学3年生で、
世間から見ても残された自由な時間はほんのわずかで、
サークル活動からもだんだんと同期がいなくなっていって、
自分だってこうやって、いつまでも自由気ままに暮らしていていい訳ではないということくらい。

わかっているのだ。
ひとたび大学を卒業してしまえば、そこから何十年間も
栄養ドリンクみたいなつまらない人生が待ち受けていて、
それでもその中で必死こいて働いて、暮らしていかなきゃいけなくことくらい。

わかっているのだ。
わかりすぎるくらい、わかっている。
それでもさ、
もう少しだけ、時間をくれないだろうか…?

ゆるい幸せが、このままだらっと続いたらなあ…なんて、
現実はそんなに甘くない。


今日は雨が降っていたから、自転車を置いて歩いて帰ってきた。

ふと、暗い住宅街の向こうから
小学校高学年か中学生くらいだろうか。

脇目も振らず、両手を懸命に振って、
風を切って、前からすごい速さで全力疾走してくる
少年の姿があった。

私は驚いて立ち止まった。
少年は息も荒く、私のことなど全く気にもとめないという素振りで、
私の横を、一目散に駆け抜けていった。

一刻も早く辿り着きたい場所があるんだと、
そこに絶対に行かなくちゃいけないんだと言わんばかりに、
両手を懸命に振って、足音を響かせながら、彼は走っていた。


こういうことかもしれないと思った。

がんばろう。

もう少しだけ、がんばってみます。


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