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ONE

なぁなぁ。ちょっと聞いてくれよ。
ひどいんだよ。
何がって。そんな嫌な顔するなよ。
え? なにってだから美江だよ。

あいつ明日から会社勤めだろ。
なんて言ったっけ。会社名。
何度聞いても覚えられないよ。コスメだっけ。
なんかちっとは有名なブランドなんだよな?

だいたいせっかく大手にだって受かってたのにさ。
大学の先輩が学生起業した会社に入るって。
せっかく…。なぁ? 正直不安だろ。誰だって。

いやいやいや。信じるとか信じないとかじゃ、
いやほんと。娘のことなんだからさ信じてますよ?
当たり前じゃないか。

でもさ「先輩に必要とされてるの!」って。
それきりだぞ。
俺の言うことなんて耳も貸しゃしない。

ちょっとキツく言ったら、まただよ。
お得意の無視。シカト。
もう3週間だぞ。新記録だよ。

あいつの彼氏をちょっと悪く言ったら2週間。
あれ以来の記録更新だよ。
なぁ。あの時みたいに取りなしてくれよ。
苦笑してないでさ。

なぁ覚えてるか? 美江が中学のとき。
美化委員になってさ。
突然? 話変わりすぎ? いいじゃんか。今日くらい。

夏に学校を向日葵で埋め尽くすって。
毎日世話して準備して。友達ともな。
そうそう。

仕事から疲れて帰ると、な。
待ち構えてたよな。
「今日は誰それちゃんとね!」って。
友達の名前?えっと。いや覚えてるよ!

正直言うと覚えてない。
美江の楽しそうな顔と声で満足だったよ。
だからさ。台風で全部ダメになったって。

聞いたときはショックだったよ。
あいつ泣いて泣いて。
学校行けなくなるんじゃないかと思った。な?

でも翌朝にはさ。
来年の春に向けて百花繚乱の花壇をつくるって!
すごいと思ったよ。俺より何倍もすげぇって思ったよ。

親バカ? は!ママが言うか?
「将来は有名華道家になるんじゃない?」
はい。誰のセリフでしょうか。

言いましたよ。たしかに言いました。
「世界で唯一無二の存在になるわ!」ってね。
覚えてますよ、俺は。だって俺もそう思ったからね。

華道家にはならなかったな。
コスメ会社の社員になったよ。なぁ。

ん? いや。別に残念ではないよ。
立ち上げたばかりの会社みたいだからな。心配だけど。
華道家でも、有名でもないけど。美江の自由だろ。

だけどさ。やっぱり心配だな。
いや。会社のことばかりでなくさ。
社会ってヤツに、自分の娘がデビューするんだぜ?

美江のことは信じてる。俺よりスゴイと思ってる。
でもさ。この社会ってモンはどうしようもなくさ。
ほら。理不尽なこともたくさんあるじゃんか。

平気で他人を蹴落とすヤツも。
悪意なく傷つけられることも、さ。
あの台風の比じゃないよ。ほんとに。

俺さ。ほんと美江に怒られるかもしれないけど。
あいつが傷つくの嫌なんだよ。
向日葵みたいにさ。折れたりしてほしくないんだ。
だって代わりなんて、ないじゃんか。

ママが、さ。理江。
おまえがいなくなったときも、な?
もう会えないし、話したり、手を繋いだりできないし、
それももちろん悲しかったんだけど。

俺はさ。美江が悲しみで折れてしまわないか。
それが心配で心配で。
必死で笑うようにしたよ。泣きたかったけど。

からかうなよ。真面目な話だぞ。
本気で正気でナチュラルに、あのテンション無理だろ。
笑うなよ。やっぱり笑ってたんだな、あの頃も。

でもさ。それも見抜かれてたんだよな。
うん。天国のおまえにも。美江にも。
うん。あいつもお見通しだったんだと思うよ。
感じてた。そんな気配。

そっか。そうだな。そうだよ。
美江は、俺が心配するよりずっと強い。
台風なんかで折れたりしない。
強くてシャンとしてて、綺麗な旗みたいに。

そうだよ。
俺の何倍もスゴイやつなんだよ!美江は。
俺なんかが心配することないのかもな。

ん?…ありがとう。
そうなんだ。それでも心配なんだ。
ずっといつも笑顔でいてほしい。
そんなわけにはいかないけど。

だから信じるしかないのかもな?
これからは前を切り拓いてやるんじゃなくて。
後ろからそっと見守って、支えてやるんだな。

あの子の旗が、いつまでだって空に
大きく大きく揺れて、はためいていられるように。

ありがとう。理江。
いつも迷ってばかりの俺を応援してくれてありがとう。
おまえが見守ってくれたから、俺は今日まで
美江を育ててくることができたよ。

おまえが天国から、俺にそうしてくれたように。
これからも俺が美江の旗を見守る。
だから、あと何年かは待ってて。

明日の朝。美江に言ってやるよ。
いってらっしゃい。がんばれよ。って。
シカトされたら、また愚痴聞いてくれな。
うん。じゃあ。おやすみ。理江、美江。やさしい夢を。


from Aimer/ONE
5thアルバム『Sun Dance』収録 2019年

2017年8月の武道館ライブにて初披露。
以来ライブの定番曲となり、多くのファンから愛される同曲。私も大好きで、ライブでは指を天に突き上げて興奮してしまう曲です。

いろいろな人の、さまざまな場面で生まれる挑戦。それを受け入れて、力強く応援してくれます。この春から新しいステージに立つ人に。いつもの場所でがんばる人に。そして、朝が来れば進学し、新しい学校に歩み出す息子にエールを。そんな気持ちを込めました。

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