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ミュータント・ザ・クインテット 第3話

 真白は、桃子と男性の様子を見に車を降りた。近づいてみると、桃子がかなり激昂げきこうしていた。

「ねえ! あの子はどこに行ったの!? あんた、知ってるんでしょ!?」
「だーかーら、何度も言ってるだろ。俺は知らねえって」
「知らないはずないでしょ!」

 桃子の剣幕に男性はたじろいているというか、呆れている様子も見える。事情を聞こうと、真白は二人に声をかけた。

「あの、ウチの研究所に何か用?」
「あぁ? 用なんかねえよ。この女に絡まれて困っていたところだよ」
「私はあるわ。この件でね」

 桃子は召集令状を真白の前に掲げる。

「私は呉屋桃子。プランQに参加するためにここに来たの。仁部丘先生に会わせて」
「おお、話が早いな。会わせてやる。それより、こいつとの関係を教えてくれ」

 真白は男性と目を合わせる。黒いハットを目深に被り鼻から上が見えないが、無精髭が見えた。

「関係? 彼氏だよ」
「はぁ!? ふざけないでよ、誰があんたなんか! こいつはね、私たちにとっての敵。コーヴァスの密売人よ」

 マジか、と真白は目を丸くする。

「初めまして、MSAの研究者さん。俺は荻浦琥珀はぎうらこはく。黒鳥舎から委託を受けている麻薬密売人だ。そして、『猛毒』の能力を操るミュータントとヒューマンのハーフだ」

 くいっとハットを上げ、目を見せる荻浦。その瞬間、真白の身体に異変が起こった。

「っ!?」
「おお、悪いね。俺の目を凝視すると毒を食らっちまうんだわ」
「お前っ……!」
「俺の邪魔をしないでくれよ、研究者さんよ」

「先輩っ、大丈夫ですか!?」

 車内で様子を伺っていた赤井と黄帆が真白に駆け寄る。既に真白の意識は混濁しかけていた。

「ほう、お前らがプランQのメンバーか。何だか弱っちい連中ばっかりだなぁ」
「なっ、弱っちいって……!」

 黄帆が左手の四指を動かし、メメに指示を出す。すると、荻浦が急にむせ出した。

「おいっ、お前、何をした……?」
「あたしにしか見えないイマジナリーフレンドに頼んで、あんたの首を絞めてもらったの」
「はぁ? イマジナリーフレンドだぁ? そんな得体の知れないもの……」

 黄帆は更に右手の人差し指と小指を立て、人差し指だけをくいっと動かした。

「うぐっ……! おい、やめ、やめろっ! 降参、降参だっ!」
「降参するのね。じゃあ、話してくれるかしら。あの子の居場所」

 荻浦に詰め寄る桃子。彼の目を凝視すると毒を受けてしまうことを知ってか、スカーフで目を覆い隠す。

「だから、知らねえんだよ。俺があの女に薬を売ってからは、行方知れずさ」
「本当? 本当に知らないの?」
「ああ。嘘じゃねえ。ってことで俺は帰るぞ。コーヴァスを欲しがってる奴に売りさばかないとな」

 そう言い残し、去っていく荻浦。桃子が引き留めようとしたが、毒に苦しむ真白を前に思いとどまった。

「ごめんなさい。これは、巻き込んでしまったお詫びよ」

 懐から短冊形のメモ帳と羽根がついたステッキのようなペンを取り出し、何かを走り書きしている。赤井と黄帆はその様子を黙って見つめていた。

「何してるんですか?」

 桃子はメモ帳を一枚破り、赤井と黄帆に見せた。メモには『毒を中和しなさい』と書かれている。二人に見せた後、桃子は真白の胸元にメモを置いた。

「これで大丈夫よ」
「あの、お姉さんの能力って...…」
「ああ、私の能力は『呪詛』っていってね。このペンで願い事を書くと叶うっていう能力なの。こんな風に毒を治したり、相手の動きを封じたり...…自分や人の未来を変える願い以外は何でも出来るの」
「呉屋家は、確か呪術師の名家でしたよね。呉屋の名を持つ人間は皆まじないに似た能力を使うとか」
「そうね。私の親族も同じような能力を使っているわ。ねえ、ところで仁部丘先生に会わせてくれない? 私が手にいれた情報を伝えたいの」
「それは、是非とも教えてほしいもんだな」

 毒を受け倒れていた真白が会話に加わる。

「先輩、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、おかげさまで。それより、そっちの件が先だ。ついてこい」


 真白は桃子たちを引き連れ、MSAの所長室を訪れた。黄帆と桃子は恩師である香との再会に笑顔を見せるが、本題に入ると表情を一変させた。

「で、桃子は自分のお客さんとして来ていた娘を探しに密売人に近づいたんだ? やるねぇ」
「はい。でも、手がかりは何も得られませんでした」

 桃子は占い師として活動しており、若い女性から絶大な人気を誇っている。萩浦と揉めていた際に話していた「あの子」とは、桃子の元に客として来ていた鳩羽五月子はとばめいこという少女だった。

「めいちゃんはヒューマンで、ずっとミュータントの力に憧れを持っていました。ある日、黒い鳥計画のことを知ってコーヴァスを手にいれようと密売人に接触しようとしたんです。それから連絡が取れなくなって...…」
「あの密売人もその後の行方を知らないと言っていたな。彼女が行きそうな場所の見当はついているのか?」
「わからない...…一緒に来ていためいちゃんの友達にも聞いたけど、皆知らないって」
「もしかしたら、失踪届が出ているかもしれないね。後で問い合わせてみよう」

 香は粛清機関・エピュラシオンの行方不明者データベースに問い合わせたが、五月子の名前はなかった。ちなみにエピュラシオンは、日本でいう警察のような組織だ。

「ダメか...…」
「こうなったら、我々で探しましょう。もしかしたら、もう手遅れかもしれないけど...…」
「赤井くん、縁起でもないこと言わないの! きっと五月子ちゃんは無事だよね、ましろん!」
「なんだよ、その呼び名」
「いいじゃん、かわいいし」

 やれやれ、とぼやく真白。その様子を見て、桃子がくすくす笑っている。

「なんだよ」
「シロちゃん、とっつきにくそうな印象があったけど、そんなことなかったわね。ちょっと安心した」
「そうか? ていうかその呼び名...…」
「いいじゃない、かわいいし。それより、早くめいちゃんを探しに行きましょう」
「そうだな。彼女が危険にさらされる前に見つけ出そう」

 真白たちが五月子を探し始めた時には、もうすっかり日が暮れていた。二手に分かれて若者が集まりそうなスポットなどを重点的に探すも、手かがりは全く得られずじまいだった。

「ましろん、見つかった?」
「ダメだ。赤井の言う通り、もう手遅れなのかもな」
「やめて。めいちゃんはまだ生きてるわ。諦めないで、探しましょう」

 そう言う桃子の顔にも、疲労の色が浮かんでいた。真白が明日にしようか、と告げようとしたその時、桃子の目にある少女の姿が飛び込んできた。

「あっ」
「どうしました?」

 桃子は少女がいる方向へと駆け出す。

「桃子さん、どうしたんですか!?」
「いた! めいちゃんがいたの!」

 五月子とおぼしき少女を追う桃子に、赤井と黄帆が続く。それに遅れて真白も後を追う。

「めいちゃん!」

 少女は、ツインテールを揺らし振り向いた。赤いロリータ服に身を包み、メイクも同じ色味で揃えられている。

「桃子さん、どうしてここが?」
「ずっと探してたのよ。連絡も取れないし。さぁ、帰りましょう。黒鳥舎にはもう関わらないでね」
「桃子さん、ごめんなさい。もう、遅いんです」
「え?」

 五月子がポケットから取り出したのは、十錠分の薬のシート。そのうち三錠は既に服用されていた。

「密売人の人から、売ってもらったの。ちょっと高い買い物になったけどね。おかげで、わたしもミュータントになれた。これで力を使え...…」

 五月子の言葉が途切れる。急に苦しみ出し、そのまま倒れこんでしまった。

「めいちゃん!? どうしたの、大丈夫!?」
「苦しい...…胸が、痛い...…」
「しっかりして! 今、救急車を呼ぶから!」

 赤井が救急車を手配する。その間にも五月子の苦しみは収まることなく、ずっと胸を押さえている。

「桃子さん、わたし、桃子さんみたいになりたかった。ミュータントみたいな、特別な力が欲しかった」
「わかった。もう喋らなくていいから」
「でも、わたしは桃子さんにはなれないみたい。最期の最期まで、ただの何も出来ない人間のままで終わりそうだよ...…こんなつもりじゃなかったのにな...…悔しい、悔しいよ」

 その言葉を最期に、五月子は事切れてしまった。

「...…めいちゃん」

 真白が五月子の脈を測るが、生命反応が全く感じられない。首を縦に振る真白を見て、桃子が問いただす。

「ねえ、救急車はまだなの? 蘇生措置すれば、まだ助かるかもしれないでしょ? ねえ?」
「残念だが、彼女はもう助からない。呼吸も脈もない。いくら蘇生させようたって、無駄なんだ」

 真白の胸元を掴んだまま、桃子は泣き崩れた。救急車が到着しても、彼女はその場から立ち上がることすら出来ずにいた。

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