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超批判!クリエイト・シンプル病と行政のあるべき姿とは?


化学物質のリスクアセスメント=クリエイト・シンプルという病

 会社で使っている化学物質は自分たちでしっかり管理していかなければいけない時代になった。世はまさに「リスクアセスメントの時代」といっても過言ではない。しかし、化学物質のリスクアセスメントをチームで対応できる会社はごく稀であって、あれもこれもリスクアセスメントせよと言われて戸惑っている会社がほとんどであろう。

 化学物質のリスクアセスメントと言えば、厚生労働省が勧めている「CREATE-SIMPLE(クリエイト・シンプル)」が有力であるのは言うまでもない。実際、化学物質管理者を養成する講習では、このツールの使い方を実習で取扱っていている場合も多く、あたかもクリエイト・シンプルが史上最強であり、それ以外に選択肢がないと錯覚してしまっても無理はない。

 一方で、クリエイト・シンプル以外にも様々な選択肢は存在する。もっと言えば、クリエイト・シンプルはあくまでリスクアセスメント指針で例示されているにすぎない。合理的な説明ができるのであれば、クリエイト・シンプル以外の手法も認められてしかるべきなのである。

 しかし、上述したようにクリエイト・シンプル以外に選択肢はない、という誤解が蔓延している(ような気がする)。そうした誤解を何とか払拭したいと思い、この記事を書くことにした。

 世の中はあまりにもクリエイト・シンプルを崇拝しすぎている=クリエイト・シンプル病に罹っている、というかなり挑戦的な批判をしてみたい。


クリエイト・シンプルしか頭にない化学物質管理者

 クリエイト・シンプルでは常温で気体の化学物質(例えば今回新たに濃度基準値が設定された亜酸化窒素が良い例だろう)については吸入ばく露評価ができない。あれだけ有力なツールを作っておきながら、常温で気体の化学物質に対しては無力というのが滑稽で仕方ないのだが、できないのなら仕方がない。別の手法を考えざるを得ない。

 ここで、実測するしかないと思うかどうかが運命の分かれ道だ。有能な化学物質管理者であれば、まずは予測(シミュレーション)してみようと思うはずだ。というのも、1日の取扱量と呼吸量からおおよそのばく露濃度は算出可能であり、実測するまでもない・実測した方がよい、といった理論的・定量的な議論は可能だからだ。

 これがもし、クリエイト・シンプル病に罹患した化学物質管理者であったらどうであろう? 思考停止に陥るのは火を見るよりも明らかだ。彼等にはクリエイト・シンプルがすべてであり、それ以外に利用可能な手段はなく、応用力など皆無だからである。

 これはあくまで一つの例にすぎない。これ以外にも、クリエイト・シンプル病患者が陥るケースには枚挙にいとまがない。

自律的な管理に必要な化学物質管理者とは?

 これまで「クリエイト・シンプル病」を揶揄してきたが、この病を「クリエイト・シンプル以外に選択肢がない状態」とするならば、それを克服するにはどうすればよいのか。さらには、自律的な管理が重要視される時代に当って化学物質管理者はどうあるべきか、必要な素質というものを考えてみたい。


クリエイト・シンプルの使いどころを弁える

 上述したように、常温で気体の化学物質はクリエイト・シンプルで吸入ばく露評価ができない。このように、クリエイト・シンプルには弱みがある。

 また、クリエイト・シンプルは濃度基準値が設定された化学物質(設定予定の物質を含む)に対して使うべきであり、それ以外の単なるリスクアセスメント対象物にはその使用を慎重に判断すべきである。クリエイト・シンプルはばく露濃度を推定できるのが強みであるが、濃度基準値が設定されない物質に対してはむしろ過剰対応になる恐れがあるからだ。

(濃度基準値が設定されない物質に関しては、コントロールバンディングのような手法の方が効率的であるように見受けられる。)

 なんでもかんでもクリエイト・シンプルで対応しようとせず、メリハリをつけて対応できるようにしなければ、終るものも終わらないのではないかと思う。総括すれば、

  • 濃度基準値設定物質 ➡ クリエイト・シンプルで
                使えない場合は理論計算も視野に

  • それ以外      ➡ クリエイト・シンプル以外も視野に

ということになろうか。


実測の要否判断ができる

 化学物質管理者の中には、是が非でもクリエイト・シンプルで賄おうとする輩が居る。それは決して悪いことではないが、実測すれば基準値以下かもしれないのに、実測を嫌うがあまり呼吸用保護具(マスク)に偏重してしまっては本末転倒ではないか。本当は必要ではないのに、マスクを着けて作業をしなければならない作業者の立場にもなってほしいものだ。

 また、時には実測した方が安上がりだと判断することも必要だということに気づいてほしい。クリエイト・シンプルは多種多様な業種に対応できるようにしているため、ばく露濃度の推定結果にはとても大きな誤差が伴うことを忘れてはならない。

 このようにコストを含めて総合的に判断する能力はとても重要であり、実測に踏み切る英断ができるようになる必要がある。


結局は、行政の出方次第

 ここまで挑戦的な批判をしてきたが、行政に対しても一言申しておきたい。労働基準監督署のモチベーションがあまりに低いのではないかということだ。

 化学物質の自律的な管理といっても、一朝一夕に行くものではない。行政、つまり労働基準監督署からの取締りが強化されてこそ、法令順守型から自律管理型への積極的な移行とそれに伴う体制の強化・人材の育成等につながるのではないと思う。

 しかし、現実はそうではない。監督署の職員は化学物質に疎いのか、チェックリストにチェックを入れることだけに終始しており、本当に踏み入るべき部分には踏み切れていない印象がある。

 第14次労働災害防止計画ではリスクアセスメントの実施率向上を謳っているが、実施率という数字を達成することだけに重点が置かれ、「リスクアセスメントをしていますか?」という質問に対するYes/Noに執着していては意味がない。取締り機関としてもっと踏み込んだチェック(例えば、化学物質のリストはあるか、濃度基準値設定物質に該当するものはあるか、リスクアセスメント対象物に該当するものはあるか、濃度基準値やリスクアセスメントの対応状況はどんなものか、等々)を期待したいところだ。

 結局、クリエイト・シンプル病が蔓延しているのは、行政がそこまで突っ込んで指摘してこないからであり、化学物質管理者のレベルがいまいちで、底上げされない状況なのも、ひとえに行政のモチベーションの低さにあるということを声高に主張したいところである。

 つまり、化学物質管理のレベル=行政(労働基準監督署)のレベルであり、クリエイト・シンプル病=行政の招いた失態ということなのだ。

 これは、欧米諸国に大きく後れをとっている我が国の化学物質管理体制にとっては憂えるべき事態であり、行政(労働基準監督署)が大きく変わるべき転換期に来ていると言えないだろうか?

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