20220425 「世以此定華王之優劣」

漢文の授業でよく扱うものに「華歆(音へんに欠。文字化けするかもしれないので)王朗の優劣」の話がある。

戦乱から船で逃れる華歆と王朗に、助けを求める者がいる。華歆は断るが、王朗は「まだ余裕があるから」と彼を乗せてやる。しかし、後に賊軍に追いつかれ、王朗は助けた男を降ろそうとするが、華歆は「だから先には断ったのだ。しかし、一度助けたからには、見捨てることはできない」と、結局三人で逃げ延びる。そんな話で、結びは「世以此定華王之優劣」、世間はこれによって華と王の優劣を判定した、とでも口語訳しようか。どちらが優とは書いていないのだが、文脈的には、優れているとされたのは華歆であり、その先見の明と、同船の者を見捨てない正義感・責任感のようなものが評価されているわけだ。

そうなのだが、この話も考えてみればいろいろと突っ込むことが可能で、たとえば、結局3人で逃げ延びることができたわけだから、初めの判断においては華歆は誤っており王朗が正しかったのだと読むこともできる。そのように読めば、王朗の判断というのは、余裕があれば他人も助ける、差し迫ったときには身内を優先するというもので、実のところ合理的・常識的であると言うこともできよう。そして華歆は、できることもできないのではないかと疑い他人を助けようとせず、差し迫った状況になっても過去の判断に執着する、と批判することもできよう。等々と考えてみれば、「世以此定華王之優劣」という結びの一文に、世間の価値観による解釈の変化を受け入れるような度量を感じる、こともできる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?