20230506 さよならだけが人生だ

たまたま、「さよならだけが人生だという/誰が言ったか忘れたけれど」という歌を耳にした。ググってみるに伊東歌詞太郎というアーティスト? の曲なのだそうなのだが、まったく知らない。流行っているのだろうか。

よく知られているように、「さよならだけが人生だ」は『唐詩選』にある五言絶句「勧酒」の結句、その井伏鱒二による翻案だ(『厄除け詩集』に収められている。)

勧君金屈巵
満酌不須辞
花発多風雨
人生足別離

転句は「花発(ひら)けば風雨多し」と訓読すれば訳すまでもなさそうだが、井伏鱒二は「ハナニアラシノタトヘモアルゾ」とする。「譬へ」となる事柄として咲いたばかりの花に風雨が襲うことを挙げ、それで結句に「「サヨナラ」ダケガ人生ダ」である。この「足」は、現代日本語で「満足」だとか「充足」だとか言うときと同じ「足」であり、「人生には別れが多い」とか、「人生は別離ばかりだ」くらいに訳すのが普通なのだろうが、井伏は「だけ」と、限定の助詞で訳す。限定を用いた強調表現(「推し「しか」勝たん」のような?)と言ってしまえばそれまでだが、ただの強調に留まらない、男同士の、酒の場の、投げやりに笑うしかないような別れへの諦念が感じられるような、やはり優れた口語訳だと思う。

と、歌の歌詞に対して心の中で返事をするなどして過ごした一日であった。

※国語的なことを追記しておけば、漢詩の担い手は官僚であって、当然男性であり、漢詩において別離が多く主題とされるのは、彼らが中国全土に転勤していったからである。中国は大変に広いから、まさしくもう二度と会えない、そういう別離である可能性が、十分にあったはずだ。

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