ロンドンの広告代理店で働いた1年間 その3 学会運営

2月の観光イベントの裏で、別団体のロンドンでの学会運営準備も進めていた。学会は2日間開催。1日5人の登壇者が自身の研究成果について約100人の聴衆に向けてプレゼンし、その後質疑応答に移るという流れだ。イベント運営は1度経験したので多少は慣れたが、今回初めて同時通訳の手配を経験することになった。

同時通訳と逐次通訳との違いすらも分からない僕は、担当頂く通訳さんに、学会会場での同時通訳をするにあたって必要な環境や進行方法について手取り足取り教えてもらった。今回のようなイベントでは同時通訳は必ず2人以上手配して、最高度の集中力を保つために15分ごとに交代して通訳にあたるそうだ。(あくまで今回のイベントではこの仕様になるという話)
加えて、学会での通訳には高度な専門知識も必要だ。専門用語の訳し方も確認しなければいけないから、全発表者のプレゼン資料と読み上げ原稿を本番2週間前までに共有することも必須条件となった。
また、同時通訳するための環境・設備として、ノイズを遮断するため同時通訳者専用の部屋(もしくはブース)を用意しなければいけない。発言者の声を聴くためのヘッドセット、話者の顔や口を見るため、もしくはプレゼン資料などを写すためのモニターも必要。会場の聴衆には通訳音声を聞くためのイヤホンを人数分手配しなければいけない。そのほか諸々の機材も必要になる。

無知な僕はただ通訳者を連れてくればOKなのかと思っていたが、準備しなければならないことが意外とたくさんあった。プレゼン資料を2週間前までに共有するには、登壇者にその旨を連絡して、場合によっては催促しなければいけない。
設備については会場側や通訳機材運用会社に問い合わせなければいけない。問い合わせるには機材についてある程度予習して、ある程度理解しておかないと、不要な機材までレンタルさせられてぼったくられるかもしれない。また、それに関連する英単語も覚えておかないとそもそも会話ができず、なんとなくyes,yes連呼して大変な事態を招くかもしれない。
なのでその期間は仕事が終わった後に通訳や機材について勉強していた。

どんな仕事でも常に勉強しないといけないが、外国語が不完全な状態で外国語を使う仕事に携わると勉強量が1.5倍程度にはなる気がする(当たり前か)。ただどちらについても実際に自分が通訳をしたり機材を組み立てる訳ではないため、そこまで深く学ぶ必要はない。要は正確に発注できればよいのだ。さらに通訳者さんも、通訳機材会社の担当者も話しやすい雰囲気かつ現場慣れしている方で大変親切にしていただいた。ぼったくられるかもなんて恐れは杞憂に終わった。

特に通訳機材会社担当者の南米系の方は、僕が英語不慣れだと分かると聞き取りやすくゆっくり話してくれた。使う単語も平易かつジェスチャーも多めでとても分かりやすかった。英語下手な人と仕事することに慣れているのだろう。実際毎月色んな国の人をクライアントとして働いているようだ。自分もいつか英語ペラペラになったら、英語に不慣れな人とミーティングすることになっても見下すことなく、この人の様に相手の立場になってコミュニケーション取る人間になりたい。

このように、通訳さんや機材会社とのコミュニケーションは順調に進んでいたが、問題はクライアント側だ。日本に本体がある団体のロンドン支部がクライアントになるのだが、支部には2名しかスタッフがいない。今年から海外赴任で日本からやってきた所長と、時短勤務の事務のお姉さんの2名。この所長さんが本学会の責任者になり、学会開催まで自分がコミュニケーション取る相手であるのだが、彼が忙しすぎて全ての準備が遅れていた。今まで仕事上で色んな会社、色んなポジションの人とやり取りしてきたが、彼ほど一人で業務を抱え込んでいる人は見たことはない。

彼は通常業務に加えてこの学会準備がある。計10人の登壇者の選定と出演交渉、各登壇者が話す内容の調整、日本やヨーロッパ各地からロンドンまでの旅券の手配、各登壇者のプレゼン資料の確認、自身が務めるMC原稿の作成など。これに加えて弊社側で準備を進める学会会場、交流会で振る舞うケータリング、会場で配布するプログラム、会場の映像/音響機材や通訳機材、などなど項目の大小に関わらず全て所長さんが確認しなければいけない。
時短勤務の事務のお姉さんは、学会準備にはほとんど関与していない。
少なく見積もっても3人は必要であろうこの準備を、ロンドン赴任1年目の所長さん一人で担っているのだから、当然あらゆる面で遅れが発生する。学会本番の何日前には各発表者のプレゼン資料を集めて通訳者に渡す、プログラムの確認を終えて入稿、などスケジュールを引いて共有しても何一つ期日に間に合わない。もちろん所長さんは間に合わせるよう努力しているし、こちらも所長さんの手間が減るように進めているが、彼の時間が物理的に足りていない。

スケジュールが遅れると、通訳者さんやデザイナー、機材会社、会場など方々に迷惑をかけることになり、自分が方々に謝り、もう数日待ってくれないかと調整することになる。こういったストレスを代理することも代理店の仕事なのだと改めて感じた。
そうやって伸ばした数日の締め切りにも間に合わないと、なるようにしかならないと諦めの気持ちが出てくる。学会なんて上手くいかなくたって、誰も死なないし。イベントに最終的に責任を持つのは所長さんであって、請負の我らはちゃんと責任を果たしている。
自分がコントロールできない範囲に関しては諦め、開き直ることで落ち着きを得られた。
ただ開き直ったところでやらなければいけない作業は多いため、準備期間後半は「早く学会終われ」しか考えなくなった。

準備期間である2月のロンドンは、日照時間が短かく寒い月。在宅ワークがメインのため、もちろんオンライン通話で話す社内外の人と話す時間はあるが、一日の大半は家の中で誰とも会話せずパソコン作業しているとマイナス思考に陥る。
なんでロンドン来てまでこんな仕事やっているのかと、これからの人生について考えて無意味に憂鬱になるときもあった。
退勤後は少しでも人の気配に触れたくて、少し値は張るが夕飯を外食することもあった。近所のパブで異国の人たちが楽しそうに談笑しているのを横目に飯を食っていると余計に孤独を感じる。夜の大通りを行き来する車を眺めていると無性に日本に帰りたくなった。
このままこの暮らしを続けてたら鬱になりそうな気がしたが、寂しくても退勤後のビールはうまいため、とりあえずこの学会が終わるまでは続けようと思った。

そんなこんなで公私関わらず問題はたくさんあったが、関係者一同の努力があってなんとか準備は整えて本番は迎えられた。2日間に渡る学会では大小さまざまなトラブルが発生したが表面化する前に抑え込められたため、登壇した先生方やオーディエンスにも好評を得られた。
どんだけ準備が遅れたとしても、最後には帳尻合わせて何とかなるもの、何とかする人達がいると学んだし、世の中のイベントの多くも裏側では実はそうなんじゃないかなと思った。

学会が終わる頃には3月も中旬で、少しづつ気温も上がり春の気配も感じられるようになった。単純な性格だと自分でも思うが、学会を終えた達成感と春の陽気でポジティブ思考になったため、もう少しこの仕事を続けてみようと思った。

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