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感染と幽霊文字

呪術には類感呪術と感染呪術の2種類あると言われている。呪いたい誰かを模したわら人形に釘を打ち付けて、その人を呪う、というのは類感呪術に分類される呪術のひとつである。一方、感染呪術は、呪いのビデオを観たら〇時間に死んでしまうといった、感染、伝播していくようなタイプの呪いである。しかし、最近ではゾンビが噛みついた人間もゾンビとなることに関して、呪術の論理ではなく、ウイルスの感染として説明づけることが増えている。

星野源が「Pop Virus」で、自身の思惑を遙かに超えて指数関数的に広まった自身の音楽のことを(あるいはもっと広い意味での音楽を)、さらにポップスターを担わされることで精神が蝕まれていく様子を、ポップウイルスとなぞらえたのは2018年のこと。ホラー映画、ゾンビに限らず、ポップカルチャーの中で感染という概念が使われ始めた頃にCOVID-19が流行したと考えてみる。

COVID-19が流行し始めた頃にSNSで見かけた動画で個人的に印象に残っている動画がある。ヨーロッパ圏で医師を務め、コロナ治療の最前線に立っていた男性がもしかしたら自身も感染しているかもしれないと、目の前に子どもがいるのに抱きしめられず、泣き崩れる動画だ。当時のCOVID-19は潜伏期間が最大2週間で白黒出るのに時間がかかってしまうが故に、感染経路も特定しづらかったし、感染が判明した頃にはもう取り返しがつかないくらい、複数の人と接触してしまっていることも珍しくなかった。感染しているか白黒はっきりしないがゆえにコミュニケーションさえ安易にできなくなってしまうという状況がとても恐ろしく感じた。少なくとも2020年は個人の意思よりも集団の生存が優先されていたと思うし、誰を生かすかの選択を迫られる医療機関が0ではなかったはずだ。でも、他の感染症の例に漏れず、感染していく度、形を変え、弱毒化していき、少しずつ正常化に向かっている。今でも感染者はいるし、入院患者が増えている、という報道もあるから正常化という表現は妥当でないかもしれないが。

既にいくつかの映画、ドラマ、小説でCOVID-19に言及する作品があるけれど、今後、この3年間の経験をもとに作られるものが多くあるはずで、直接的に感染症を描かなくても、感染という概念を用いた作品が生まれてくるんだろうなんてことを考えている。


詠坂雄二『5A73』でも、感染症の流行を経て作られていることは、前書きで読み取れるはずだ。

世界中のひとびとが、日々の関心を感染症に塗り潰された昨今だ。
 しかし、世紀末に少年時代を送り、浴びるように人類滅亡のシナリオを堪能してきた身からすると、現況は書き損じた滅亡譚に感じられる。いや感染症に止まらず、これまでも大震災や原発事故、核実験、気候変動のニュースに触れるたび同じ想いを抱いてきた。「聞いてた話よりマシだよな」「全然文明滅びねーじゃん」というわけだ。
 不謹慎で語弊しかない感想だろう。SNSで吐露すれば炎上を狙えるかもしれない。
 だが現実の禍を薄められたフィクションのように感じていると、人類を滅ぼすウイルスが弱毒化して現れてくれたように思えてくる。対処可能な災禍は、それ自体が将来の滅亡に対するワクチンになりうるのかも、などと。
 あまりに楽観的な視座だろうか? きっとそうだろう。実際に苦労し問題に対処するのは責任ある立場のひとびとだ。無責任な語り部では決してない。しかし、作者などもともとより集団の楽観的な部分が呼吸を始めたような人間だ。つまらない正義を唱えるより愉快な惨劇を語っていたい。それが偽らざる想いである。
 本作は間違いなくそうした気分の下に成立している。

詠坂雄二『5A73』

この作品では、幽霊文字のタトゥーシールが貼られている死体が複数体登場する。どの死体も自殺のようだが、幽霊文字のタトゥーシールがある故に事件性があるかもしれないと警察が動く。幽霊文字とは、JIS規格に登録されているのに拘わらず、その文字が持つ音も意味も不明な文字のことだ。意味を持たないはずなのに複数の死体に貼られているその文字に対して、何か意味があるのかもしれないと複数の意味づけをしていき、幽霊文字に膨大な意味が込められていく過程が面白い。漢字はZIPファイルだ、と言う人がいる。表意文字であるがゆえに、一字に込められる意味の含有量がひらがなやカタカナより多いのだというが、幽霊文字もZIPファイルのようだ、と思う。

幽霊って人に取り憑くものでしょう。取り憑いたら、外見はもう普通の人と変わらないわけで、絵に描いてあっても、見たこっちが人と区別できないというか。

詠坂雄二『5A73』

 自分でも、不思議なくらい、だから俺はその暃のことを考え続けた。
 文字ならぬ、幽霊にでも取り憑かれたみたいに。

詠坂雄二『5A73』

僕は、幽霊文字をウイルスになぞらえていると捉えた。ウイルスが感染することの目的は増殖していくことでそれ以外の目的はない。幽霊文字も意味を持たないし、タトゥーシールが貼られていること自体にも意味がないのかもしれない…。そう思いながら、僕は読み進めた。ラストの展開を言うつもりはないので、気になる人は読まれたし。ただ本作で死んでしまった人物たちの何名かは自殺志願者で、その思考回路が妙にリアルで、読んでいると心に澱がたまっていき、精神が少しだけ病んでしまうように感じると思うので、元気なときに読むのがおすすめ。

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