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『高き館の王の書』序章

あらすじ/
 魔女狩りの狂気が吹き荒れた時代。
 イングランドの片田舎コッツウォルズでジェシー・ブラウンという魔女が天地の理に反する魔術書、『高き館の王の書』を生み出した。

 この非常事態に、互いに破門し合った東西両教会は極秘任務として手を結び、修道女と神父をそれぞれ派遣する。
 ゲッシュの封印、書庫に眠るマンドラゴラ、大悪魔ベルゼブブの影、住人たちの不審な言動。それらは何を意味するのか?

 ついに魔術書『高き館の王の書』が姿を現したとき、驚愕の真相が明かされる。

 禍々しい木霊が、闇夜の霊気を震わせていた。伴奏は奈落の底でむせ返る荒波。歌は呪文のようだった。
 月は細い。漆黒の空に昇る頼もしき灯火は太陽と満身を重ね合い、新月となって転生したばかりなのだ。

BAZUBIバズビ BAZABバザーブ LACラック LEKHレク CALLIOUSキャリオス……」

 断崖の頂で跪き、育ちつつある月に一冊の本を掲げて祈っていた影が、ゆっくりと立ち上がる。彼が天を仰ぐと、にわかに風が強まった。
 虫の声が退き、木の葉が擦れる音まで息を潜めた。暴風にかき消されたのではなく、一帯の生命が、畏縮して逃げだしたかのように。
 影の羽織る夜に溶ける黒いローブだけが、威勢よくはためいていた。

EHOWエホウ EHOWエホウ EEHOOWWWエーホーウー CHOTチョット TEMAテマ JANAヤナ SAPARYOUSサパリオウス

 気体が濁った。およそ生き物とはかけ離れたなにかが、辺りに集いだしているのだ。
 草葉に。梢の合間に。波間の飛沫に。

「きたれ」影は命じた。「地獄を抜け出しし者、十字路の支配者よ」
 魔女術における悪魔召喚の呪文である。
「ゴルゴ モルモ 千の形状を持つ月の庇護のもとに 我と契約を結ばん」

 永劫の死へと誘う蓋が開き、黄泉の淵が覗くのが影にはわかった。

「戸をあげよ。悠久の戸よ、あがれ。栄光の王入り給わん」

 声質は、寛大な皇帝のようなものに変化した。
 ニコデモ福音書において、磔刑に処せられたイエスが冥土に降りて言ったものだ。
 自らを陥れた悪魔に制裁を下すために。

「冥府よ!」
 今度は影自身の言葉だった。
われが子羊を呼ぼう。第二の降臨を早めよう、人間の堕落を早めよう。おまえの腹は罪人たちの霊魂で膨れるだろう。我を信ずるならば、かの者を牢から釈放したまえ」

 恐るべき邂逅ののち、深淵より、遠雷のようにおぞましき声が響いた。

 ――ノゾミハ?

 影は喚声を上げた。

タリタ・クミ少女よ、起きよ!」

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