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初めて劇場で観た映画

 初めて劇場で観た映画は『千と千尋の神隠し』だった。一瞬『仔犬ダンの物語』と迷ったが、公開日を調べると、『千と千尋』は二〇〇一年、『仔犬ダン』は二〇〇二年であることが分かった。
 これらの二本の間に『猫の恩返し』を観に行った。二〇〇四年には『ハウルの動く城』を観に行った。どれも小学校低学年頃の話だ。それ以降の記憶を探ると、高校生の頃に観た『銀魂 新訳紅桜篇』『ハリー・ポッターと死の秘宝』にまで飛ぶ。二本とも二〇一〇年だ。そうなると六年もの間映画館に行かなかったことになるが、映画館が近所になかったため、あながち記憶違いではない気がする。
 子どもの頃は同じ映画をVHSで繰り返し観ることが多かった。それは販売された商品だったり金曜ロードショーを録画したものだったりした。確かジブリ映画が多かったように思う。ドラえもんとかディズニーとかポケモンは観た覚えがない。
 一度観ただけでは内容を把握できないというのもあり、何度も観た。これは何も幼少期に限った話ではなく、今でもそうだ。映像作品のみならず、本もそう。どんなに好きで繰り返し観たり読んだりしたとしても、起承転結を始めとするプロットを思い浮かべることができない。
 例えば幼少期に最も再生したと思しき作品は『となりのトトロ』だが、あらすじを語れる自信はない。試しに、何も見ずにやってみる。

 父と共に片田舎に転居した姉妹・サツキとメイ。
 あるときメイは、謎の生命体『トトロ』に出会う。
「あなたトトロって言うのね!」
「いかにも、私がトトロである」
 そんな会話を交わすメイとトトロ。メイはそのことをサツキに報告したが、信じてもらえず、「トトロいたもん!」とむくれることに。大好きな姉の信用を勝ち取れなかったことに深く傷ついたメイは、家出を決意する。謎の乗り物『ネコバス』に乗り、入院中の母をお見舞いに行くと、母はトトロの大群を従えていた。トトロを生み出したのは母だったのだ。
 母はトトロを愛し、人類全員のトトロ化を目論んでいた。ヒトはみな愛らしいトトロになるべき。そんな母の主張に対し、反抗するメイ。
「お母さん、正気に戻って」
「あなたまでそんなことを言うのね」
 中ほどのサイズのトトロ、略して中トロの大群がメイに襲いかかる。メイの脳裏に走馬灯が駆け巡る。
「男の子って嫌い。でもおばあちゃんのおはぎは大好き」
 おはぎを美味しそうに頬張る姉の姿が再生されたところで、メイの両目に涙が滲む。お姉ちゃんに会いたい。メイは喧嘩別れのような形で姉と別れたことを激しく後悔する。このままでは目の前の母ともひどい別離を辿るだろう。父ともろくに会話できないまま家を出てきてしまった。
「メイ!」
 中トロにとどめを刺されそうになったとき、メイの耳にサツキの叫び声が差し込んでくる。メイは反射的に両目を開く。メイの全身が金色に発光すると、中トロたちが飛散していく。宙に放り出されたメイをキャッチするように抱きかかえるサツキ。
「お姉ちゃん……」
「メイ、しっかりして。ごめんね、私が悪かった」
「ううん、私こそ」
 姉妹は力を合わせて母に立ち向かう。母を救うべく、(〜戦闘シーン中略〜)
 姉妹はトトロとヒトとの共存を母に訴える。正気に戻った母はその案に納得し、姉妹と抱き合う。そこに駆けつけた父とネコバス。家族の抱擁に加わる父。家族は世界平和のために立ち上がる……。

 もちろんこんな話じゃないことくらい分かっている。
 この「物語を把握できない」という不得意を克服すべく、作品鑑賞後は記録をつけるようにしているのだが、やはりストーリーを書き出すのは苦手だ。だからなのか、感想を書くのも苦手。
 ただ、印象的なシーンの台詞を真似るのは好きだった。『となりのトトロ』であれば、「お前んち、おーばけやーしき!」「カンタァ!」のシーンはよく真似して家族に披露していた。声音と表情を変え、動きをつけて。皆が笑ってくれるのが嬉しくて、繰り返し披露した。
『ハリー・ポッター』も、真似どころが結構あった。シリーズ序盤の『賢者の石』『秘密の部屋』はポップなシーンが結構多かったから、やりやすかった。私は吹き替え版しか観たことがなかったから、真似をする対象も自ずと吹き替え版の声優さんだった。もしも字幕版で観ていたなら、ひょっとしたら今頃イギリス英語がネイティブレベルで話せるようになっていたかもしれない。そこまでいかずとも、イギリス文化に興味を持ち、イギリス旅行に興じる未来があってもおかしくなかったのではないか。しかし実際に私が興味を持ったのは魔法界の文化だった。小説に登場する全ての呪文をノートに書き出しては暗記し、練習していた。そんな呪文たちも、今ではもう大半を忘れてしまった。
 どんなに熱量をかけたものでも、反芻しなければ、やがて薄れていってしまうものだ。その一方で、決して消えない記憶もある。それは『千と千尋の神隠し』におけるカオナシの呻き声だったり、『仔犬ダンの物語』における嗣永桃子さんの真摯な眼差しだったりする。
『猫の恩返し』はつじあやのさんの主題歌ばかりが心に残っている。『ハウルの動く城』はカルシファーが燃えていた。
 そういえば家で何度か観た『魔女の宅急便』には怖いシーンがちょこちょこあった。魔女のキキが雨の中パイを配達するも、「このパイ嫌いなのよね」とすげなく告げられてしまうシーン。あれは衝撃的だった。そういうことは言ってはいけないことなんじゃないかと、子どもながら思った。ジジの声が聞こえなくなる展開もショックだった。けれど子どもの頃に観て良かったとも思う。おそらく今の歳で初めて観たとしても「こういうことってあるよね」と感じるくらいで、当時ほどの恐怖を抱きはしないだろう。自分の感性の鈍化が、少し残念だ。

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