母子手帳を読む日
なかなか眠れない日、心が疲れてしまった日、小説を読みたくても読めない日、ドラマも映画も観られない日……そんな日は、母子手帳を読むに限る。
この場合の母子手帳というのは、私の母と子ども時代の私自身の記録がなされた手帳のことを指す。私の名前が記されるのは『子の氏名』欄のみで、『子の保護者』欄には、おそらく一生記されない。
ぱらぱら捲ると、ものすごくセピアな匂いが立ち昇ってくる。
母は14歳の頃に風疹にかかった。
母は私を妊娠し、出産までの間に体重が10kg増量した。
検診の度に測定された母の血圧はずっと低めだった。
母子手帳を見れば、そういう具体的な数字までもが分かる。おかげで若かりし母の姿が想像しやすくなる。
分娩にかかった時間は6時間37分。これほどの時間があれば、映画『ハリー・ポッター』シリーズを、第3作の途中まで観られる。けれどお産のさなかに映画は観られなかっただろうから、辛かっただろうに、と思う。
出血量は231ml。『少量・中量・多量』の『中量』が丸で囲まれているから、どうやら中量であるらしい。私は500mlのペットボトルを想像し、これの半分が中量なのか、辛かっただろうに、と思う。でも途中で辞めてしまいたくなっても辞められないから、産むほかなかったのだろう。私は3000gちょうどの健康体で生まれた。
私は年子で、姉が生まれたのは私の1年半前のことだった。父は働いていたから、母は日中ずっとひとりで赤ん坊たちを育てていたことになる。さぞ多忙だっただろう。だから母子手帳の『保護者の記録』欄はほとんど空欄なのかとばかり思っていたが、意外なことに、結構書き込まれている。姉と比較した記述が多い。
【保護者の記録/1か月頃】
目やにが多い気がする。湿疹が顔・胸にできている。上の子も肌が弱いのでにているのだろうか?
【保護者の記録/6〜7か月頃】
上がいるので何でもまねをする。ハイハイもして家の中を回っている。
【保護者の記録/1歳の頃】
上の子よりもやる事が早い。
【保護者の記録/1歳6か月の頃】
上にいるせいか言葉もはやい。おしっこも教えて一日もらさない時もある。上の子がやる事を何でもやりたがる。
私には姉という比較対象がいたけれど、姉にはいなかったからか、姉の母子手帳の記録は少ないらしい。母は毎日てんやわんやしていたに違いない。
【保護者の記録/3歳の頃】
食べるのが早くておやつ等は上の子の分も食べてしまう。ニオイに敏感でくさいとすぐ騒ぐ。
この辺りから徐々に、現在の片鱗が見えてくる。私は早食いで、匂いにも敏感だ。
【保護者の記録/4歳の頃】
何にも興味を示し、ひらがなもかたかなもよめる。自分からすすんで何事もやるような感じにみうけられる。
子どもの頃、絵本を読むのが好きだった。『おやゆびひめ』『シンデレラ』といった定番も読んだが、最も好きだったのは『葉っぱのフレディ』。これは5歳から6歳頃にかけて、本当によく読んでいた。
【保護者の記録/5歳の頃】
つかれた時に勝手にねてしまうので本人はストレスがかからないと思う。こうふんした時はぐずって泣くので赤ちゃんのような気もする。
これは完全に現在と同じだ。疲れたらすぐに横になるし、感情も暴発しがちだ。
母は私のことを十分に理解したのだと思う。次のページの【保護者の記録/6歳の頃】は何も書かれていなかった。
5歳のページとこのまっさらなページを見ると、少しだけ複雑な気持ちになる。
しかし、便の色や歯の生え始めなどが記録されているのを見ると、母は私のことをじっと観察していてくれたのだと思える。愛されていたのかもしれないと思える。
母も愛されていたのだろうか。母が母のお母さんに愛されていたのなら、多分私は嬉しく感じる。
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