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ゴミでもいい

 文學界新人賞に落ちた。
 受賞しないことは予め承知していた。最終候補者には連絡がなされるはずだが、私にはその連絡が、待てど暮らせど来なかったから。
 受賞しないことが確定した段階で、私の興味は、一体どこまで残ったのか、もしくは残らなかったのか、という方角へと向かっていった。中間発表は絶対にチェックしなければならなかった。
 中間発表が掲載される文學界四月号は、三月七日発売で、事前に楽天ブックスで予約していた。けれど当日の朝になっても到着がいつになるか分からなかったため、Amazonの当日お急ぎ便を注文した。
 それでも気が急いていた。一刻も早く結果が知りたいと思い、仕事の昼休憩中に二軒の書店を梯子するも、入荷されていなかった。
「文學界、置いてませんか? 今日発売なんですけど」
「え? 文學界? ああ……うちは入荷しません」
 言いようのない焦燥感が募り、とりあえず自傷し、抗不安薬を飲んだ。
 早く白黒つけたいという一心で午後の仕事をこなし、車に乗り込むと、Amazonからメールが届いていた。配送状況を確認すると、『本日お届け済み』と記されてあった。
 不安と期待が入り混じる中、帰宅し、駐車場からダッシュで郵便受けに向かうと、同じマンションの住人と遭遇した。やや気まずい思いをしながら会釈し、郵便受けを開けた。
 そこにはAmazonの茶色い封筒が入っていた。ドキドキしながらそれを受け取り、ダッシュで階段を駆け上がる。先ほど遭遇した住人が部屋に入ろうとしていた。ドアが完全に閉まり切らないと、私は共用廊下を通過できない。そういう狭い廊下だった。住人は会釈してくれ、私も会釈した。それから自分の部屋を目指した。
 部屋に入り、震える手で封を開き、文學界を後ろから開いた。中間発表は後ろの方に載っているはずだと思ったから。けれど埒が明かず、結局は目次を辿ることにした。
 目的のページに近づくにつれ、心の中で自分を鼓舞し始めた。
 大丈夫。別に大丈夫。ここに名前が載っていなくたって、大丈夫。第二次予選も第三次予選も通過していなくたって、大丈夫。そんなに出来の良い話じゃなかったし、通過しなくて当然。でも、何かの弾みで通過していたとしたら、喜んでいいだろうか。喜んだっていいだろう。誰に咎められるわけでもない。もしも通過していたなら、きっと嬉しい。あわよくば二次予選ではなく三次予選がいい。
 遂にページを開く。開いた。上から下まで視線を滑らすのに三秒とかからなかった。そこに自分の名前は見つけられなかった。大丈夫。そう唱えて、もう一度、今度はじっくり自分の名前を探す。小、小、小……小から始まる名前の人は一人しかいない。けれどそれは私の名前ではない。大丈夫。もう一度、今度は居住地に着目する。茨、茨、茨……茨城県民は一人もいない。東京が多い。大丈夫大丈夫大丈夫。タイトルに着目する。ない。
 そうして、十回は名前探しを繰り返した。けれど私の名前はどこにもなかった。
 キッチンの床に座り込んでいたが、徐々に死にたくなってきた。頸動脈を切ってみようかなとも思ったが、どうせそんなことでは死ねない。それより、お腹が減ってきた。
 パスタを茹で、カルボナーラのソースを絡める。ほうれん草のおひたしと卵サラダとインスタントのお味噌汁を用意する。それらを全て平らげた後、抗不安薬と抗うつ剤を飲んだ。
 何が駄目だったんだろう? 私の小説は何が駄目だったんだろう? 予選通過作品との違いは、何だったんだろう?
 十秒ほど考えたが、これは考えて答えを導き出せる類の疑問じゃないなと思い直した。まあシンプルに、ゴミだったんだろう。内容も語り口も私自身も。
 やっぱり頸動脈を切りたくなったが、『こころ』じゃあるまいし、上手くいくわけがない。とりあえず甘いものを食べたくなり、抹茶のチョコレートを三つ食べた。温かいお茶も飲んだ。
 これからお風呂に入って、お風呂から上がったら、また温かいお茶を飲む。近頃は依存性の高い鎮静剤を飲む習慣がついてしまっていたが、今夜は飲まないように気をつけたい。あの薬は、朝になると脱力し、なかなか起きられなくなるから。
 明日の朝は早く起きて、次に応募するための原稿を推敲するつもり。率直に、あまり面白い話ではないけれど、それでも精一杯書いている。いつかゴミを卒業して、納得のいく話を書いて、ちゃんと書けたら、誰かに届くといいなと思う。

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