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不登校の中期の頃 【少しずつ動けるようになってきた】

不登校になってから1ヶ月くらいたった頃でしょうか。
毎日必死で起こし、声をかけ、コンプリメントを続けていました。
息子は元々体を動かすことが得意で、スポーツテストなんかもいつも学年トップでした。
スマホやゲームなども制限しながら、少しずつコミュニケーションの時間もとれるようになってきました。
ある日の日曜日、ボルダリングへ行こうと誘うと、おっけー!の返事が。
小学生の頃から時々連れて行っていました。
指導者のお兄さんお姉さんにアドバイスをもらいながら、ひとつずつ、コースをクリアしていきます。
私はコーヒーを飲みながら、ずっと見守っていました。
あれだけ人との関わりが怖いと言っていたのに、年上の方なら問題なくコミュニケーションがとれていました。
自分から質問に行くほどの勇気はないものの、話しかけられれば、『はい!やってみます!』と明るく受け答えしているではありませんか。

コンビニすら怖くて行けなかった息子が、日曜日の昼間にゲームをせず、体を動かし、他人と会話できていることに感動しました。
そして、粘り強く、行き詰まったコースをクリアしようと何度も何度も挑戦しています。
もう一度、もう一度と諦めることなく何度も床に落ちながらもがんばっていました。

がんばれ、がんばれ!と心の中で叫んでいました。
これが上手く行って、このコースをクリアできればきっとこの子の自信となり、明日からまたひとつ階段を登れるような気がしていました。
終了時間ギリギリになり、ラスト1回のチャンスで登り切りました。

もう、嬉しくて嬉しくて。
この子は素晴らしい根性を持っていると改めて実感しました。そしてこれが自信となりそれを機に、少しずつ体を動かせるようになってきました。
ある時、コーチに小学生を教えるのを手伝ってもらえないか?と声をかけていただき、選手側から教える側になりお手伝いをすることになりました。
手伝い始めの頃は、同年代の女子が相手ということもあり、体育館のすみっこで自主練をしていたり、何をしていいかわからずオドオドしたりしていましたが、あなたの力は人様の役に立つ力なんだよ!と振り返し伝えました。まだ学校へ…とはいかないものの、スポーツを通して息を吹き返しているのを実感していました。
この頃から家でも自主トレをしたり、食事のカロリー計算などもするようになり顔色も少しずつ良くなってきました。

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