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「そんな資格が私にない」

 ご無沙汰しております。

 ここ数ヶ月は、人に多大な迷惑をかけることもなく過ごせていると思っています。

 そんな中で月イチくらいの通院があり、そこでカウンセラーの方に問われた言葉。

「そんな資格が私にないというけれど、どうしてそういう思考になっちゃうのかな」

 どうして、と言われると確かに分からなくて黙り込んでしまった。

 例えば相手に不快な思いをさせかねない返答しかできない時、こちらが過度に恐縮するのは相手がやるせない気持ちをぶつける先がなくなるなと、敢えて“過度にやらない”を気をつけていたり。
 自分の都合で再提案したことを相手に飲んでもらうというのがとんでもなく我が儘で都合のいい人間のように感じてしまう。それこそ「私にそんな良いことを言う資格はないのに」のように。

 何かの頼みごとをする時、相手は嫌な顔を抑えつつ承諾してくれている時があるかもしれないしなんなら嫌だと思っている雰囲気を察する時もある。そこで「ごめんなさい、こんな頼みごとをして」なんて言ってしまえば、それは、あまりに無責任ではないかと思ってしまう。何故そう思うかは分からないけど。
 相手が自分に対して嫌な気持ちを持つ、それが当たり前なのだから、そこに罪悪感を持って欲しくないって気持ちはある。そんなの、罪悪感を持つような優しい人にさせるべき事じゃないと思ってしまう。

 自分に踏み込む資格があるのか、慰める資格があるのか。そんなことをずっと考えていたのだなと気づけたカウンセリング。
 そして、それが良いのか悪いのか、今でもよく分かっていない。

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