東京にはよい思い出しか残らなかった
誰もが私を知らない街で
私が誰にも知られないことの心地よさ。
そんな自由が東京にはありました。
誰もが私を知っている街で
私が誰をも知らないことの心地悪さ。
そんなことにもようやく慣れてきて、もうすぐこの街で1年を迎えます。
長い間サラリーマンの妻でした。
転勤、単身赴任、娘たちの転校、いろんなことがありました。
娘たちも成人し、さぁこれからゆっくりゆっくり年を重ねていくのだろうな…そんな予想は見事に露と消え、確実に衰えてきた体力とは裏腹にフル回転の日々が始まりました。
手放したものと手に入れたものと。
週末の間延びしたようにゆったりと流れる時間は無くなりました。
フレンチトーストは休日の朝、その陽が高くのぼったキッチンでのんびりと作るのが似合います。お寝坊な家族を何度もやんわりと叱咤しながら、起きてくる気配を伺って珈琲を淹れます。
いってらっしゃい。
おかえりなさい。
大きな世界の中で私は私の小さな世界を、この両腕で抱きしめられるだけの小さな世界を作っていました。
そうしていつまでも思うのです。
東京にはよい思い出しか残らなかった、と。