見出し画像

ももこの幼稚園生活④ クリスマス会

ももこが通った幼稚園は、各学年一桁の人数しかおらず、全体の在籍数は多い時でも30名程度だった。

そんな小さな幼稚園でも、他の園では経験できない行事がたくさんあった。まず、遠足。親子遠足と先生と園児だけで行く遠足があり、親子遠足は年に2回、先生と園児だけで行くのは、2か月に1回程度行われていた。

学年によって人数のばらつきがあるが、年長さんは必ず年少さんのお世話をしながら遠足に行く事になっていた。

年長さんは年下の子を必ず道路の白線の内側を歩かせること。年少さんのペースに合わせて様子を見ながら歩くこと。電車に乗り慣れていない子には、電車の乗り方や、車内でのマナーを伝える事、お弁当の時間や一緒にどう遊ぶか等、事前に予習や細かい打ち合わせをして遠足当日に臨んだ。

運動会やクリスマス会、マラソン大会など、数々の行事で保護者の出番は殆どなかった。教職員と園児、それも年長さんが主体となるのが常だった。下の学年の子ども達は年長さんのしている事を見て、一年後、二年後の自分を小さいながら想像して幼稚園生活を送っていた。

園の一大イベントであるクリスマス会には、年長さんと年中さんのミニミュージカルが行われ、それが終わると年長さんが一人ずつキャンドルに火をつけてクリスマスを皆で祝うのが恒例となっていた。新年度を迎えて間もなく、ミュージカルの元となる絵本を教師に読んでもらい、内容を理解し、夏休み前から音楽の時間に歌を練習するなど、少しずつクリスマス会に向けて準備を進めて行った。

歌が大好きなももこは、台詞を覚え、歌を歌って過ごし、クリスマス会当日を楽しみにしていた。初めての経験になるキャンドルに火をつける事も、当日周囲の保護者をあんなにハラハラさせるものになるとは、一体誰が予想しただろう。

ももこが幼稚園生活最後のクリスマス会を迎えた。時折みぞれが降る、とても寒い日だった。子どもたちが一生懸命練習したミュージカルは、それはそれは素晴らしいものだった。出来栄えもさることながら、息の合わせ方や、台詞を間違う子がいても誰一人慌てることもなければ、さっと次の台詞を言って上手くつなげる子がいたりで、その落ち着きぶりに驚き感心した。

大人顔負けの一面があっても、そこはやはり幼稚園児なので、全体に可愛らしいミニミュージカルが出来上がり、我が子の頑張りに涙する保護者の姿も見受けられた。

そして、最後のキャンドル点灯。6人の年長さんの中でももこは5番目に火をつける予定だった。園で練習していたとはいえ、誰一人怖がることなくマッチを擦り、キャンドルに火を灯していった。そしてももこの番がやってきた。

実は、ももこは火が苦手だった。特にマッチを擦ってボッと火が付いたり、台所でガスの火がつくのも怖がった。そのももこが、果たしてキャンドルに火をつけられるのか。ももこから私の姿が見えないようにして、私は物陰からそっと見ていた。

マッチをしゅっと擦るが力が弱くて火がつかない。何度もマッチを擦るももこ。1回で火がつかなくても、2回目、3回目には確実に火をつけられる子が多い中、ももこは何回マッチを擦ったのだろう。子ども達もクリスマス会を見に来た保護者も息をのんでももこを見つめている。何分経過しただろうか。教師がももこに何かを囁いた。ももこは首を横に振った。そしてまたマッチを擦り始めた。保護者の誰かが、「もう可哀そうだからやめさせればいいのに。できないのを無理してさせるのはひどい」と言った。

そして、私の顔を見た。私が先生に「もう止めてください」と言うことを望んでいたのだろうか。私はその声を無視した。ももこはどんな形であっても最後までやりきると分かっていたから。10分くらい経ったのだろうか。先生がももこに何か話している。ももこが頷く。そして、ももこは先生に手を添えてもらってマッチを擦った。火が付いた。火がついているマッチを持つのは、ももこにとってこの上ない恐怖のはずだ。でも、先生が手を添えてくれている。キャンドルにマッチを近づけて火がついたのを見届けると、先生はももこの手からマッチを取って火を消した。

保護者の間から安堵のため息が漏れた。私はずっとももこを見ていた。投げ出さなかったももこを誇らしいと思った。隣にいた友人が私の代わりに泣いていた。家に帰ったら、たくさん褒めてあげよう。ももこの大好きなおかずを作って、お父さんにもたくさんお話しないとね、と心の中でつぶやいた。

後日、何度かマッチを擦ってうまく火をつけられなかったももこは、先生に「手を添えましょうか」と話しかけられたそうだが、ももこは「一人でやりたい」と断って続けたのだと、園からの連絡ノートで知った。

余談だが、中学生になったももこが理科の実験中にしでかしたことがある。アルコールランプに火をつける時、ボッとマッチに火がついて、「キャーっ!」と叫び、マッチを放り出したのだそうだ。同級生の男子が慌てて火を消し、「ももこ何やってんだ!!危ないだろう!」と怒鳴られたらしい。理科が担当だった担任と同級生に呆れられ、笑われたと、ももこは家に帰ってから笑って話していた。それ以来、理科の実験でマッチを使う段になると、同級生の誰もがももこにマッチを渡さなくなったとか。それもまたラッキーと笑うももこだった。

火が怖くてマッチを擦ることができない。今はマッチの存在を知らない子ども達もいるのかもしれない。ガスの点火でさえ怖かったももこは、結婚するまで一度もガスで調理することはなかった。それでも、やらざるを得ない状況に陥ると、人は何でもできるようになるものなんだなと、今のももこを見て思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?