日記 ハードワーク


あるトップ営業マンから聞いた話を思い出す。

━━おれは営業で成果を出し続けている。飛び込みで物を売ってくる。完全歩合だ。もう売り方はわかっている。必要な努力も、その上で通る過程もわかっている。

朝はいつも早かった。日中営業にまわる上で、出発するまでの準備が一日を決める。朝一番に頭の中のネガティブを出す作業をした。これによって昨日の後悔や今日の不安はなくなった。それから将来のビジョンを書いたノートを見た。六時五十分には会社に到着した。七時にオーナーが会社を開けにくる十分前に待っていた。「一番早くオフィスに来て一番遅くに帰る」と、一番ハードワークするようオーナーに言われたことを忠実に守っていた。会社に到着してからは、ミーティングでは、成績優秀者として、自分の営業のワンポイントを発表した。その後オーナーのミーティングを聞いた。頭の中にネガティブがひとつもないこの自信満々なオーナーになりたいと思った。この頭の中はどうなってるのかと想像しながら聞いた。のめり込むようにうんうんと相槌をうった。「うん、うん。そうだよな、いってきます」話が終わるとすぐ会社を飛び出した。会社から最寄りの駅までダッシュした。営業をまわれる時間は限られている。一本でも早い電車に乗りたかった。その日まわるエリアの駅まで電車で移動する。エリアに到着すると、頭の中でカン、とゴングが鳴った。スイッチが入った。飛び込みで全ての会社に手当たり次第に訪問していく。
「こんにちは、━━のもので、今キャンペーンで━、」
「こんにちは、━━のもので」
「こんにちは」
「こんにちは」

断られたら次の扉へ、すごい勢いで次々と訪問していく。
笑顔は崩さない。
「今キャンペーンで、通常〇〇円なのが〇〇円になってるんですよ」
「さっきのお客さんもゴルフコンペで三十個使うって買ってくれて━」

相手の表情の少しの変化も見逃さない。質問されたことには明快に回答する。使うセールストークはいつも同じだった。あれこれ変えずに、同じトークでも数を当たってぶつけていけば問題なかった。次、次、次。訪問し終えた扉から次の扉へ、何も考える隙間もなく当たっていった。自分の中でリズムがあった。リズムを切らさずに当たり続けていく。ある程度すると確率の問題で買う人が出てくる。その繰り返しだった。集中して飛び込み続けて三時間、休憩の時間だった。休憩時間は十五分だけと決めていた。時計を見ながら缶コーヒーを飲みタバコを急いで吸った。十五分経つと、またそれから三時間である。集中すると決めた時間は集中して当たった。この六時間で必要な成果はだいたい上がっていた。ここで帰るときもあったが、基本的にはまた十五分休憩の後、ニ時間当たった。完全な物量作戦だった。普通の人のニ倍は数を当たった。一日で千軒当たる日もあった。トークが下手でも数を当たれば成果は上がった。その分ハードワークすればよかった。営業を回ることに夢中になっていた。いくつも会社が入ったビルに入って、全て当たり終えたと思ったら地下の会社を見逃していたとき、見つけられたことを喜んで地下へ行った。そんな自分が誇らしかった。

「何勝手に入ってきてんだ」
「許可とってんのか」
飛び込みには怒られることもつきものだった。怒鳴られたり嫌な客に会ったとき、それを引きずらずにすぐさま次のドアに笑顔で入った。
かつて営業を始めたてのとき、断られ続け、嫌な客にいじめられたことで完全に心が折れ、一日全く売れなかったことがあった。そのときオーナーから
「お前買ってくれるお客さんがいたら嬉しいか?おれは営業まわってたとき、嫌な客を探しにエリアを回ってた。買ってくれる客なんて一番つまらない。おれはクソみたいな客を愛してた。怒鳴ってくるやつがいたとき、その後にすぐさま次の扉で何事もなく笑顔で行けるのが経営者だ。そうやっていける瞬間を自分で味わいなさい。Noが続くエリアなんかたまらない。興奮してくるよ」と言われたことがあった。

経営者になりたかったおれは、次の日からその言葉通りに嫌な客を探しにエリアをまわった。すると売れるようになった。オーナーはいつもビジョンを語りエキサイティングしていた。目の前に止まってることなんかどうでもよくて、いつも大きいことを言った。オフィスに営業が八人しかいないときから「こっから営業所百ヵ所出すぞ」と言った。日本中にオフィスができて「おれたちは新幹線と飛行機で飛び回ってんだ」と熱っぽく語った。何がなくてもわくわくしてる、まだ起きてもないビジョンを自分の中で空想して想像して、エキサイティングしてるのが経営者だ。
そのオーナーを真似して、エキサイティングして営業をまわった。自分のビジョンを考えてエキサイティングした。熱を持ってエリアを走り回った。自分は熱くセールストークする。相手がどんな反応をしても関係ない。期待がゼロだ。こっちが1人で熱くいればいい。相手をどうにか変えようとするからおかしくなってくる。これはマネジメントも同じだ。そのスタンスを1日崩さずやっていればいつも売れていた。 
オーナーはよくスタンス、振る舞いの話をした。セールスの話なんて一切しなかった。おれが売れようが売れまいがどうでもいいようだった。

「今日一日、スタンスはどうだった」
「崩さなかったか」
「らしい振る舞いはできてたのか」
「態度は一貫していたか」
「お前はどうなりたいんだ」

セールスの結果はどうだっていいから、スタンスを保て。スタンスを保てていれば勝ちである。




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