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映画レビュー|「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」|解説(ネタバレあり)

神保哲生と宮台真司のビデオニュースドットコムで取り上げられていた本作。ビデオニュースで本作を知ってから「見たいリスト」には入れていたものの、随分と時間が経ってしまったのですが、最近Netflixで見られるようになっていたのでようやく見ました。

そもそも出演者もセリフも少なく、更には10万ドルという低予算で作られたこの映画。主な出演は夫婦のふたりです。奥さん役(C)はルーニー・マーラ。ホアキン・フェニックスの彼女さんで最近彼の子を出産したことがニュースになってましたね。もう一人、夫役(M)のケイシー・アフレックはベン・アフレックの弟です。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」にも主演していました。実は彼の元奥さんはホアキン・フェニックスの妹というから、この映画の夫婦、プライベートでの関係はやや複雑です(笑)

劇中で夫が作った曲がとても印象的ですよね。サウンドもメロディも壮大な雰囲気ですごく良い曲だと思いました。Dark roomsというバンドの「I Get Overwhelmed」という曲です。この曲を聴きながら、映画を思い返して読んでいただけると嬉しいです。

最大の伏線が隠された冒頭3分の会話

この映画は冒頭ふたりの親密な笑い声から始まります。そして、その後の3分足らずの会話にこの映画をより理解するためのヒントが散りばめられていました。

ソファにふたりで横になり、親密な雰囲気で会話をしています。
妻のMが漠然とした不安を漏らします。

「どうした?」
「何だか怖いのよ」
「なぜ?」
「わからない」

この最初の会話で、すでに題名の通りゴーストを想起させるやや不穏な雰囲気が漂っています。
そしてこの後に続く会話が重要です。全て鑑賞した後にはこの何気ない会話に大きな意味が込められている事がよく分かる作りになっています。
妻Mは続けて語ります。

「子供の頃、引っ越しが多くてね。その度に、メモを書いて家のどこかに隠したの。そうすればいつか戻った時に昔の私に会えるから…」
「戻ったことは?」
「ないわ」
「メモの内容は?」
「その家での生活や楽しかったことなんかを思い出せる内容のもの」
「どうして何度も引っ越ししたんだ?」
「仕方なかったの...」

この会話、メモを隠すという点は明らかに伏線になっていますが、実は最後「仕方なかったの...」という言葉がキモです。この言葉にこそより長大な物語が隠されているとわたしは考えています。この映画は、夫の妻に対する深い愛をメインに描かれていますが、ある種、妻の背負っている運命・業のようなものも含んだ、幾つかの層のある物語になっているのです。

それではモノローグはこの辺にして、いくつかのストーリーかいつまんで私の解釈も交えて解説をしてみようと思います。

病院の廊下突き当たり、「光の入り口」

アメリカ・テキサスの郊外にある小さな一軒家に住む若い夫婦のCとM。幸せな日々を送っていましたが、ある日夫Cが交通事故で突然死んでしまいます。病院のベッドでシーツを被された夫Cと対面する妻M、現実を受け止められない様子で何も言葉を発せずその場を立ち去ります。無人となった部屋。しばらくするとシーツを被ったままのCがムクっと起き上がりゴーストとなって動き出します。

ゴーストとなったCは病院の廊下をゆっくりと進みます。他の人には見えていません。真っ直ぐ進んでいくと突然、突き当たりの壁が強い光を放ち入り口が現れます。この光の入り口はCを迎え入れるように現れますが、Cはその先へ進もうとはしません。そうするうちに、光は消えて入り口は閉じてしまいます。
この光が意味するのは天国への階段と言えばちょっと分かり易すぎますが、要するに成仏するには先へ進まねばならなかったのでしょう。しかし、現世への未練があるCは、ここで成仏する道を自ら閉ざします。そしてそのまま妻Mがいる自宅へと帰っていくのです。

妻はなぜ突然引っ越しを決意したのか?
ヴァージニア・ウルフの小説に隠されたゴーストの深すぎる愛

夫を亡くしたMは喪失感から悲しみの日々を過ごします。
キッチンでへたり込みながら黙々とパイを食べる長回しのシーンは見入ってしまいました。パイを無理やり口に詰め込み必死に咀嚼する。その微かな息遣いから如何に彼女が動揺しているのかが伝わってきます。
そのような悲しみの日々を経て、それでも彼女は少しづつ生活を取り戻します。Cと添い寝したシーツも意を決して新しいものに取り替え、毎朝忙しいそうに仕事に出かけていく様子が描かれます。
そんなある日、Mはある男性に送られて帰ってきます。親しそうに男性にキスをしますが、亡き夫の影がチラつくのか、突然躊躇してその男性とは玄関先で別れます。部屋の影からその様子を見ていたCは、感情が昂った様子です。感情が抑えられず部屋の電気がビリビリと音を立てて点滅します。
その直後、本棚の本までもが震え棚から数冊の本が落ちます。このカット、妻が別の男性の所へ行ってしまうのではと動揺したCが自分の存在を訴えるために本を落としたように見える編集になっていますが実は違います。
Mが着ているている洋服からも分かるように本を落としたのは男性に送られた夜とは別の日。おそらく翌朝あたりでしょうか。落ち着きを取り戻したCは何かを伝えたくて本を落としあるページをMに読ませるのです。
Cは何を伝えたかったのでしょうか?
Mが手にした小説にはこう書いてありました。

”彼は彼女の元を去った”
”安全よと 家が鼓動を打つ”
”宝物は あなたたちのもの…”
※この文章は、本作のアイディアの原点にもなったヴァージニア・ウルフの「追憶/ホーンテッドハウス」という短編小説の一編です。

この文章を目にしたMは、亡くなる直前にCからある曲を聞かせてもらったことを思い出します。彼亡き今、彼女は一人で床に寝転んだまま彼が残した曲を聴きます。Mは何気なく頭の上に腕を伸ばすと、近くで見守っていたCのシーツにあと1センチで触れそうなほど近づきます。映画の中で死後のCとMが最も接近するシーンです。
つまりは冒頭にリンクを貼った「I Get Overwhelmed」を聴くことこそが、彼との心の距離を近づける一つの媒介として機能しているように見えます。

その後、Mは何かの踏ん切りがついたように引っ越しの準備を始めます。夫と過ごした家を出る決意を固めたのです。前段のCが残した曲が影響している事は明らかです。要するにCが行ったのは、ヴァージニア・ウルフの小説の一編をきっかけにして自分が作った曲をもう一度聞かせることで、もう一度自らの存在を至近距離で彼女に伝えることです。Cはそのようにして妻の気持ちの整理をさせることで彼女自身の人生を再開できるよう、背中を押してあげたのではと考えています。
つまり家に取り憑かれている地縛霊であるC自身が、彼女を家の外へ出そうと仕向けたと私は受け取っています。そう解釈するととても切なく悲しいシーンです。

妻Mが引っ越しをしたがった理由とは?
アメリカ開拓時代に出会った少女と、あのメロディ

物語の終盤、ゴーストとなったCは家が建て壊されてもその場から移動できずに止まり続けます。(ヒスパニック家族や終末論を語る男性の話は割と分かりやすいのでここでは省力)さらには近未来から過去へ時の流れを超越した存在となっていきます。近未来の高層ビル屋上から落下したCは、気がつくとアメリカ開拓時代にタイムスリップしています。そこで一つの家族に寄り添います。

ここで一つ重要な描写があります。家族の末っ子である小さな女の子がノートに何かを描きながら、鼻歌を歌います。一瞬聞こえるか聞こえないかというシーンですが、そこで少女が歌っているメロディは、なんとかつてCが妻にきかせたあの曲のメロディでした。
輪廻と表現すれば良いのでしょうか。ピッタリと当てはまる言葉が思い浮かびませんが、時代を超えてMの生まれ変わり?いや前世の彼女と再開したのです。少女は自分がノートに描いたページを破いて、近くの石の下に隠します。ここは明らかにMとの関連性を表現したメタファーですよね。そして、どこからともなく何か部族の雄叫びのような声が聞こえて、、、このカットは終わります。

次のカットでは、少女も含めた家族全員が弓矢によって殺されている様子が描かれます。ネイティブアメリカンに襲撃されたのでしょう。広大な大地の中で、この家族は「ここに家を建てよう」と留まる場所を決めました。これからこの場所で新たな生活を作っていこうと意思を固めたばかりだったのです。そのような矢先に襲撃され家族は全員命を落としました。
前述の通り、Mはこの少女の魂を引き継いでいるのです。それ故に、彼女は(もしかしたら彼女の家族全員が)前世の魂が感じた恐怖、恐れを感じ取り、一つの場所に留まれないタイプの人間として生きていたということがわかります。彼女は冒頭の会話で、幼い頃から引っ越しが多かった事を明かしています。その理由は「仕方なかったの…」と曖昧な返事で濁しているのはこれが理由だったのです。また、Cと暮らしたあの家からも出たいと訴えていたのはこの時代を超えて少女の魂がそうさせていたという事になるのです。

ここまでで魂の輪廻現象、ゴーストのタイムスリップなど物語のスケールが大きく広がります。そもそもなぜ開拓時代の少女が、Cの作曲したメロディを知っているのか?むしろCは何かの力によってあのメロディを作らされたという事になるのでしょうか。ここについて明確な答えはありませんが、時間や記憶など目に見えない、人知を超えたモノに踏み込んだ物語になっていきます。

ゴーストの長い旅路の終わり

開拓時代から長い間その場に留まり続けたゴーストは、かつての自分が引っ越してきた日にまで辿り着きます。かつて自らが経験した通り、Cは事故で命を落としゴーストとなって家に戻り、また同じように彼女はメモを隠して家を出ていきます。タイムスリップ後のCはその一部始終を見守り、やはり彼女のメモを取り出すべく壁をカリカリと指先で削ります。

タイムスリップ後のゴーストは、とてつもなく長い間一つの場に留まり人々の生涯を見つめてきたはずです。人が生まれ死ぬという事実、魂の輪廻の存在、人が生きた証は音楽となって引き継がれていくことなどを経験してきた。そうすることである種の癒しがあったのだと感じました。Cは長い時間を通して少しつづ自らを癒し、その完結としてかつて愛した妻のメモを取り出します。ようやく壁の隙間からメモを取り出し、Cはメモを開きます。その直後に家のドアがバタっと開き、Cはシーツを残して消え去ります。

冒頭のCとMの会話を振り返るとメモには「「その家での生活や楽しかったことなんかを思い出せる内容のもの」が書かれていたと推測できます。つまりは、もう一度、自分と彼女がかつてここに存在した証を確認して、現世から存在を消すことができた。なかなかに感動的な終焉だと思います。

さいごに

いかがだったでしょうか。ストーリーを全てなぞっての解説ではありませんが、私が特に印象的だった部分について語ってみました。非常にシンプルな脚本かと思いきや、色々なところに伏線とその回収があり緻密に作られた物語になっています。
この素敵な物語をより楽しむためのお手伝いになっていたら嬉しく思います。
最後までお読みいただきありがとうございます。

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