Scene 1: 目撃
ーー心臓が止まった。
ぶつかってきた、あの恐怖に染まった顔を思い出す。
世にも恐ろしい怪物を見てしまったかのような顔。俺もあんな顔をしていたのだろうか。いや、造形はもちろんあんな顔なのだが。いや、だからこそこんなにも冷や汗をかいているのだが。わんわんと耳鳴りがする。
ーーの影響で全線運行を見合わせております。お客様にはご迷惑をお掛けしますがーー
改札前で響くアナウンスは頭をすり抜けていく。最早耳は意味ある音を拾わなかった。人でごった返す駅構内をふらふらと彷徨い、彼は令和学研都市(桶狭間橋)駅を出た。
駅前のカフェに入ると、店内はまるで別世界のように穏やかな時間が流れている。店員さんがにこやかに空いている席へと案内した。
ホットのカフェラテを注文し、帽子を脱いで息をついても、まだ興奮は静かに体内を駆け巡っている。
こういう時は。
スマホで「ふぃろと愉快な仲間たち島」を開く。そして「さっき自分の顔を見た。びびった」と打ち込み送信した。通知をオンにし、スマホを伏せて頭を押さえる。
ブブッ
「!」
すぐさま再度開く。
ふぃろ「それは気の毒だな。鏡を外すか?」
ふぃろさんだ!!
頼れるメンバーの即レスに喜びをグッとこらえ、スマホを握り込む。
海石「そうじゃないんですよ!!そうじゃなくて、街中なんです!!」
ふぃろ「街中の鏡を撤去する気か
やるなら派手にバットでいこう」
海石「人間なんですよ!!俺そっくり、どころかまんま俺!!」
のどかな午後に散歩していたら俺がいましたビビリました助けてくださいーーそういう内心の叫びを切実に滲ませたメッセージを放つと、一拍の間が空いた。
その間に既読が3になる。
にゅーろん「えーと、とりあえず海石さん、これまでお世話になりました」
海石「なんで!?」
白いハンカチを振るトンカツのスタンプが送られた。なぜ別れを告げられるのだ。
ふぃろ「知らないのか?ドッペルゲンガー」
海石「知りません」
ぽいぱ「ドッペルゲンガー…自分とそっくりなその存在を目撃した者は死に至るという伝説があるんだよ」
俺はぴしりと手を止めた。
にゅーろん「さすが令和市 次はフランケンシュタイン出てくるかな」
ぽいぱ「ぼくは吸血鬼が見たい」
にゅーろん「いっそ魔界都市作っちゃう?ラビリンス作っちゃう?」
ぼいぱ「いいね、やっちゃうか サボテンに聞いてくるよ」
海石「盛り上がってよかったな!!でもそれ今は後にしてくれよ!!」
俺の興奮状態を察した二人はそれ以上ふざけることなく、ドッペルゲンガーについて解説しているHPと関連する音楽などを送ってくれる。
俺は読み進めるうちにどんどん周りの気温が下がっていく気がした。
うまく呼吸できているだろうか。
ふぃろ「海石 大丈夫か?」
にゅーろん「反応がないぞ まさかっ!?」
「あ、マジそう」
ぼいぱ「…海石さん、オフ会する?」
海石「お願い致します」
土下座に見せかけてバク転をするクソ野郎ちゃんのスタンプを送った。
続く