クジャクの羽、ヒトの爪
クジャクが好きだ。
まだ小学校に上がる前、遠足で訪れた動物園で生まれて初めてクジャクを見た。
屋外の公衆トイレで手を洗っているとき、ふと入口に目をやるとシャンと背筋を伸ばしたオスのインドクジャクがそこにいた。
外の光が入口から差し込んでおり、ちょうど彼に後光が差しているような形になっていた。
私は小心者だが、見たことのない生物が女子トイレに侵入してくるという異常事態のさなか、当惑や恐怖より先に「美しい生物がいる」と目を丸くしたことを強く憶えている。
遠足で見て回った動物たちの記憶はほとんどないが、公衆トイレで出会ったあの孔雀だけは何となく忘れられずにいる。
自由すぎる。当時の多摩動物公園。
話は変わるが、小学校高学年くらいの頃から手にコンプレックスがあった。骨と指は太いし、凹凸が少なく手の甲にえくぼができるくせに無骨に見える自分の手がずっと嫌いだった。
家族やクラスメイトにも馬鹿にされることがあり、その影響でポケットに手を突っ込んで歩く癖ができた。
中学で運動部を退部した後、思いきって爪を伸ばし自分でマニキュアを塗った。失っていた体の一部を取り戻したような気持ちになった。
爪に色がついているだけでわたしは無敵、ルンタルンタ手を広げて歩けるようになった。
人間にゴージャスな飾り羽は生えないが、身に纏う色を選ぶことができる。
それは私にとって救いだった。
失った体の断片を取り戻すように自分の爪をチマチマと塗り続けて暮らしていたが、3週間に一度10本しか爪を塗れないことに我慢できなくなってネイルチップのオンラインショップを立ち上げた。
ショップを始めて数か月、ネイルチップという支持体による制限の中、どんな爪を塗ったらよいか一人で思い悩んでいたところ、タイミングのいいことに大学の同期から展示の誘いがあった。
せっかくだから生活することや販売することを度外視して爪を塗ってみよう、と制作を始めた。
真っ先に浮かんだモチーフがクジャクだったので、再解釈したクジャクといういうコンセプトで制作した。
鮮やかな青や緑のからだ、目のような模様が散りばめられた飾り羽、オレンジの差し色…
制作時に改めて孔雀の写真を見たが、明らかにやりすぎだ。
マジックマッシュルームでキマッた奴が作った生物としか思えない。
悪ふざけみたいな見た目をしているが、なんとなくクジャクという生物には見るものを黙らせる気迫というか気品というか、そういうものを感じてしまう。
私はあの日出会った彼に、一種のあこがれめいたものを抱いていたのかもしれない。
今度、とっておきの爪でクジャクのいる動物園に行こうと思う。
おまけ
クジャク関連でグッとくるおはなし。
「BEASTERS」も「BEAST COMPLEX」も最高なのでぜひ読んでほしい。
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