バイキングの櫛
2018年の地理のセンター試験では,バイキングに関する問題がちょっと話題になったりしましたね*1.スカンジナビア (ノルウェー,スウェーデン,デンマーク) を故郷とするバイキングは,中世の時代に,ヨーロッパの海岸沿いや大きな河川に沿った内陸部まで,交易や略奪に進出し,広範囲に分布を広げた人びとです.
スカンジナビアからやってきたバイキングが,もともとその土地に住んでいた人たちと,いつごろ,どのような交流を持ったのか (友好的だったのか,暴力的な争いだったのか) は,ヨーロッパの考古学において重要な研究課題です.
というわけで今回は,バイキングの櫛に関する研究を紹介します*2.
スコットランドの場合
英国のスコットランドでは,8世紀以降に,バイキングが到達していた明確な痕跡が現れてきます.そのひとつの証拠が櫛です.それ以前の時代からスコットランドでみつかっている伝統的なタイプの櫛が,8-10世紀頃には,バイキングのものと同じ特徴をもつ櫛に置き換わっていくのです.しかし,この櫛には,ちょっとした議論があります.
議論になっているのは,櫛が何から作られているか?という点です.これらの櫛はシカ科の角から作られていますが,シカ科のなかでも特にトナカイは,スカンジナビアに生息する一方,スコットランドには生息していません.にもかかわらず,バイキング到達以前の伝統的な櫛のなかに,トナカイの角で作られたと考えられるものがあるのです.
スカンジナビアとスコットランド (白地図専門店のヨーロッパ地図を改変)
これはつまり,もし,伝統的な櫛が本当にトナカイの角から作られていたのであれば,スコットランドにもともと暮らしていた人たちが,スカンジナビアから材料としてトナカイの角を手に入れ,それを用いて櫛を作っていたということを意味します.バイキングがやってくる数百年前から,スコットランドとスカンジナビアの人びとは交易をしており,数百年つづくその関係はおそらく友好的だったということになるのです.
これまでは,顕微鏡などを用いた観察によって,櫛の材料となったシカ科の角の種が判定されてきました.しかし,観察は主観的であり,また実施する人によって結果が変わったりするため,その妥当性には疑問も呈されたりしていました.
紀元前4千5百〜5千年のデンマークで作られた櫛 (デンマーク国立博物館にて撮影)
櫛は何から作られていたか?
そこで,研究者たちが,櫛の材料となった動物をより正確に判定する研究を実施しました*1.櫛に含まれるコラーゲンタンパク質やDNAを分析し,動物種ごとに特徴的な配列を検出することで,それがどの動物の角から作られたのかを判定したのです.
スコットランドの遺跡から発見されていたさまざまな時代・タイプの櫛29個について分析が実施されました.タンパク質とDNAの分析結果はすべて一致しており,バイキング以前の伝統的な櫛は,すべてトナカイ以外のシカ科の角から作られていました.トナカイの角から作られていたのはすべて,バイキングタイプの櫛でした.顕微鏡などを用いた観察ではトナカイの角製と判定されていた伝統的な櫛も,タンパク質やDNAの分析によって,ヘラジカの角から作られていたことが明らかになりました.
この結果は,バイキングより前の時代,スコットランドとスカンジナビアのあいだには,櫛やシカ科の角をやり取りするような交流がなかったことを示唆します.
櫛というひとつの製品を調べただけですが,遺跡に残ったモノから,過去の人びとの集団のあいだの関係を復元しようとする試みには,おもしろいものがありますね.
(執筆者: ぬかづき)
注
*1 Google検索結果「2018年 地理センター試験 バイキング」
*2 von Holstein ICC, Ashby SP, van Doorn NL, Sachs SM, Buckley M, Meiri M, Barnes I, Brundle A, Collins MJ. 2014. Searching for Scandinavians in pre-Viking Scotland: Molecular fingerprinting of Early Medieval combs. J Archaeol Sci 41:1–6.
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