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気になるあの子のお口の中は【人類学者の日常】
まずは,ご自身の口の中に思いを馳せてみてください.どんな形の歯が,何本あるか,即答できますでしょうか…? 鏡でのぞいたり舌でさわってみたり,毎日そんなことをしているはずなのに,私は自分の口の中の歯のことを,人類学の研究をするまでまったく知りませんでした.
永久歯の勉強と実生活への応用
はじめは,研究上の必要があってはじめた歯の勉強ですが,学べば学ぶほどおもしろくなってきます.大人であれば,切歯,犬歯,小臼歯,大臼歯という明確に異なる歯が並んでおり,サイズや形を見れば左右や上下の違いもわかるとのこと (下図参照).
そうして勉強したことは実践にうつしたくなるのが人の性です.歯医者にかかったときに「右側の第一大臼歯と第二小臼歯のあいだに違和感があるんです *1」などといっぱしの口をきいてみたり,動物園のキーパーさんに頼まれて,教科書片手にオランウータンの抜けた歯を観察して,「勉強したてで専門も違うので間違ってるかもしれませんが…」とさんざん前置きをしながら,歯種や上下左右を判別してみたり *2.
自分の口の中にはさらなる驚きが待っていました.舌でさわって鏡でよく見ると,私の上顎右犬歯はほかの歯に比べてすり減りが大きいようでした.「縄文人の歯はよくすり減っていて…」なんて論文や研究会で言われることが,自分の身にも起きていたなんて! 身体の使い方にも習慣や癖みたいなものがあって,それが物理的な特徴として,それぞれの人の身体にゆっくりと記録されていくさまを,思わず想像してしまいました.…私の場合はなんだろう…ガムをよく噛むからかなあ,寝ているあいだに歯ぎしりしてたりするのだろうか,なんて.
図. ご自身の上顎右半分の歯たちの模式図.
気になる乳歯
しかし話はこれだけでは終わらないのでした.大人の永久歯は,いざとなったら自分の口の中をのぞけば実物が控えていますが,乳歯の場合はどうでしょう! 乳歯は,子供の頃には生えていましたよね.子供の歯の生え方は,環境や遺伝的要因によらずかなり一定なので,どの歯がどのくらい生えているかを見れば,その子の年齢を推定することまでできます *3.
乳歯の形や生え方を,いま勉強しているのですが,そのせいか,街で赤ちゃんや子供とすれ違うと,ついつい口の中に目がいってしまいます.まだまだ勉強中で十分な知識も経験もありませんが,口の中を見れば無意識に年齢推定をしてしまうくらいになれれば良いなと妄想することもしばしばです.(…しかしちょっとマッドサイエンティストっぽいですね..)
もちろん生物であるヒトには個人差や例外がたくさんあって,必ずしもすべての子供や大人が同一のパターンにしたがうわけではないのですが,ふだん無意識に運用している自分の身体というものに,人類学や生物学の視点を向けてみると,なにかおもしろい発見があるかもしれません.そのうち機会があれば,歯のほかにもそうした事例を紹介したいなと思います.
(執筆者: ぬかづき)
注
*1 解剖学用語では,右側は「うそく」,左側は「さそく」と読みます.しかしさすがに歯医者の診察のときに「うそく」なんて言うのはいかにもいやらしいので,「みぎがわの下の歯が…」なんていう感じにお茶を濁します.
*2 オランウータンをはじめとする大型類人猿では,歯の形はヒトにそこそこ似ています.その一方で種によって明らかな違いもあるそうなのですが (実際,それによって,遺跡から発掘された歯の「持ち主」がヒトだったのか別種だったのかを判別するような研究が数多くあります),残念ながら勉強と経験の不足で,私は確実な種判別まではできません..
*3 身元不明の遺体の年齢を判定したり,遺跡から発掘された子供の骨の死亡年齢を推定するのに用いられます.詳細は,たとえば以下のような研究をご覧ください.
日本小児歯科学会. 1988. 日本人小児における乳歯・永久歯の萌出時期に関する調査研究. 小児歯科学雑誌 26:1-18.
シリーズ【人類学者の日常】には,ほかに以下のような記事があります.
- ゴリラ考
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