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おっぱいの防御効果

「おっぱい」には栄養だけでなく,赤ちゃんを感染症や病原体から守るための免疫物質もたくさん含まれています.その主なものが,抗体の一種である分泌型免疫グロブリンA (分泌IgA) です.これは,腸まで消化されずに到達し,赤ちゃんの腸内に侵入した病原体を認識して結合し,病原体の除去や免疫反応を引き起こします.

ヒトの乳には,授乳期間を通じて,分泌IgAが特にたくさん含まれており,その量はアカゲザルより多くなっています.ヒトでは,定住化や家畜飼育によって病原体にさらされるリスクが増加し,そうしたリスクへの応答として,乳での分泌IgA濃度が増加したのではないかという仮説がありました.しかし,進化的にヒトに近いサルである大型類人猿の乳に含まれるIgA濃度がわからなかったため,この仮説が正しいかどうかはよくわかっていませんでした.


ゴリラとオランウータンの乳

今回紹介する研究では,飼育下のゴリラ4個体とオランウータン3個体を対象に,乳に含まれる分泌IgA濃度が継続的に測定されました*1.乳を絞らせてもらえるようにトレーニングし,ごくわずかな量が分析用に採取されました.

分析の結果,ゴリラの乳では,生後半年から4年間のあいだ,乳の分泌IgA濃度は,乳1リットルあたり40−80 mg程度でした.オランウータンでは,生後半年から3年間で,20−40 mg程度でした.ヒトでは,濃度の高い集団では乳1リットルあたり1000 mg程度,濃度の低い集団では300−800 mg程度であることを考えると,ゴリラやオランウータンに比べて,ヒトの乳に含まれる分泌IgA濃度は特に高いようです.


免疫の必要性

進化のなかでヒトにつながる系統では,大型類人猿につながる系統に比べて,どこかの段階で,乳に含まれる分泌IgA濃度が増加するようになったようです.それがずっと古い昔のことだったのか,定住や家畜飼育を開始したごく最近のことだったのか,この研究の結果からはわかりません.ですが,ヒトでは,過去または現在に,授乳中の赤ちゃんに対する免疫防御を高める必要が生じたようです.

こうした研究結果は,人類進化の過程を明らかにするだけでなく,飼育下で人工哺育になってしまったサルの赤ちゃんの命を救うためにも役立ちます.ヒトの赤ちゃんは当たり前のようにおっぱいを飲み,大人もしばしば牛乳を飲んだりしますが,おっぱいに含まれる成分といった簡単に思えるようなことでも,まだまだわからない側面がたくさんあるのです.


(執筆者: ぬかづき)



*1 Garcia M, Power ML, Moyes KM. 2017. Immunoglobulin A and nutrients in milk from great apes throughout lactation. Am J Primatol 79:e22614.

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