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新種ホモ・ルゾネンシス

世の中にはまだまだ人間の知らない生物が存在しており、新種が発見されたというニュースがときどき報道されます。そして昆虫や植物に限らず、私たち人類にも、新種が発見されることがあります。もっとも、現代に生きている人類はホモ・サピエンス一種だけなので、すでに絶滅した人類のなかで、これまで知られているどの人類種 (たとえば、ネアンデルタール人やアウストラロピテクス属など) とも異なる骨が発掘されると、それが新種ということになるわけです。
今回紹介するのは、そのような新種の人類がフィリピンで発掘されたという研究成果です*1。


ルソン島でみつかった新しい種

フィリピンのルソン島のCallao洞窟では、2007年の発掘で、6.7万年前と推定される人類の足の骨がみつかっていました。2010年に発表された論文のなかで、この骨は私たちホモ・サピエンスのものだと推定されていましたが、そうとも言い切れない特徴も備わっていました*2。
その後の発掘により、同じ年代の層から新たに歯や骨がみつかり、それらに見られる特徴を総合すると、どうやらこの人類は、これまでに報告されているどのような人類種とも異なっているようなのでした。そこで2019年の4月に、この人類を、ホモ・ルゾネンシスと命名し、その特徴を記述した研究成果が新たに発表されました*1。


ホモ・ルゾネンシス

まずなによりも特徴的なのは、その歯が小さいことです。なかでも特に奥歯 (大臼歯) はこれまでに報告されているどのような人類種の奥歯に比べてももっとも小さく、幅が10 mm、前後の奥行きが8 mm程度しかありませんでした。インドネシアのフローレス島では成人の身長が1 mという小型の人類 (ホモ・フロレシエンシス) がみつかっていますが*3、ホモ・ルゾネンシスの歯はそうした小型の人類の歯と同じくらいかそれより小さく、体つきも小柄だったと考えられます。
歯の形自体は、シンプルで平坦な表面をしているなど、どちらかというと現代的な特徴を備えており、アウストラロピテクスなどのもっと原始的な人類種とは明確に異なっていました。
ホモ・ルゾネンシスの足や手の指の骨にもユニークな特徴が見られました。指の骨は手のひらを握りこむように湾曲しており、足や手で枝をつかんで木登りをすることも頻繁にあるような生活を送っていたことが示唆されました。こうした湾曲した指の骨は、主にアウストラロピテクスなどのより原始的な人類種に見られる特徴です。以前みつかった足の骨も改めて検討すると、関節部位が小さく、その形状が特殊であるなど、私たちホモ・サピエンスの足の骨とはたしかに異なる特徴を示していました。
種の判別に関する情報を多く備えた頭の骨や、身長の推定が可能な完形の四肢の骨が発見されていないため、必ずしもすべての研究者が納得しているわけではありませんが、こうした特徴をあわせるとほかの人類種とは明確に区別されるため、ホモ・ルゾネンシスは新種として報告されたのでした*1。


東南アジアでの人類進化

ルソン島で新種の人類が発見されたことには、ふたつの大きな意義があります。ひとつは、私たちホモ・サピエンスより前の人類が、流れの強い海を越えてルソン島に渡れたということがわかったことです。ルソン島の西にはウォレス線と呼ばれる海域があり、この海域を挟んだ東西の島々は、人類進化の時間軸のあいだでは陸続きになったことがありません (図1)。したがって、西からやってきた人類がウォレス線を越えて東の島に到達していたということは、ホモ・サピエンスより前の人類が海を渡る技術を持っていた可能性も示唆するかもしれません。
もうひとつは、この時代のアジアにさまざまな人類種が存在していたという証拠がさらに強化されたことです。私たちホモ・サピエンスは、7-6万年前には東南アジアのスマトラ島やオーストラリアまで到達していました。それだけでなく、この時期には、今回の研究で示されたようにホモ・ルゾネンシスがルソン島におり、フローレス島にはホモ・フロレシエンシスがおり*3、ホモ・エレクトスもインドネシアで4-7万年前まで活動していたことがわかっています*4。こうした異なる人類種がそれぞれどのような系統関係にあり、交配によってどのくらい遺伝子を交換していたかは、今後の研究が明らかにする必要があります。しかし、東南アジアでの人類の進化は、これまで考えられていた以上に複雑だったようです。


終わりに

ホモ・ルゾネンシスの骨からは古代DNAが採取できなかったようですが、古代タンパク質の分析によって系統関係を推定する試みが始まりつつあるようです*5。新たな技術がさらにどのようなことを明らかにしていくのか、この分野からは目が離せませんね。
(執筆者: ぬかづき)


*1 Détroit F, Mijares AS, Corny J, Daver G, Zanolli C, Dizon E, Robles E, Grün R, Piper PJ. 2019. A new species of Homo from the Late Pleistocene of the Philippines. Nature 568:181–186.
*2 Mijares AS, Détroit F, Piper P, Grün R, Bellwood P, Aubert M, Champion G, Cuevas N, De Leon A, Dizon E. 2010. New evidence for a 67,000-year-old human presence at Callao Cave, Luzon, Philippines. J Hum Evol 59:123–132.
*3 Brown P, Sutikna T, Morwood MJ, Soejono RP, Jatmiko, Saptomo EW, Due RA. 2004. A new small-bodied hominin from the Late Pleistocene of Flores, Indonesia. Nature 431:1055–1061.
*4 Yokoyama Y, Falguères C, Sémah F, Jacob T, Grün R. 2008. Gamma-ray spectrometric dating of late Homo erectus skulls from Ngandong and Sambungmacan, Central Java, Indonesia. J Hum Evol 55:274–277.
*5 Warren M. 2019. Ancient proteins tell their tales. Nature 570:433–436.

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