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古代分子が明らかにする中世の骨病変

骨ページェット病 (Paget's disease of bone) という骨病変があります。一部の骨の代謝が異常に活発になり、骨が変形したり、痛みが生じたり、骨折しやすくなったりする疾患です。世界的に見ると、西欧で発症率が高く、特に英国では55歳以上の成人の1−2%が発症しているという報告もあります。

発症の原因についてはよくわかっていませんが、遺伝性の骨ページェット病の5割に共通する遺伝子変異が確かめられています。細胞内でのタンパク質分解に関わるp62という遺伝子にこの変異が起こると、C末端側が欠失したタンパク質ができます。この変異タンパク質がどのように疾患に結びつくかは不明ですが、なににせよこの遺伝子変異は、骨ページェット病の初期診断に役立てられています。

考古遺跡から発掘された人骨においても、骨ページェット病が疑われるケースがいくつか報告されています。しかしこうしたケースでは、疾患は骨の形態のみから推定されており、確実な診断は難しいのがこれまでの現状でした。


中世の骨ページェット病

今回紹介するのは、古代タンパク質、古代DNA、古代RNAの分析によって、中世の人骨が生前に骨ページェット病に罹患していたことを示した研究です *1。英国イングランドのNorton小修道院では、中世の遺跡から130体の人骨が発掘され、114体の成人のうち6個体に、骨ページェット病が疑われる疾患があらわれていました。

英国の研究者たちがこれらの古人骨を分析したところ、特に症状のひどい1個体では、頭蓋の骨から、変異型のp62タンパク質が検出されました。質量分析を利用して、古代p62タンパク質の配列の69% (440アミノ酸残基中266個) を決定することができました。変異型のタンパク質では395番目以降のアミノ酸残基が欠損しますが、読まれたアミノ酸配列のうち、395番目以降に該当するものは一切なかったのです。

ただし、この個体を含む5個体の古代DNAを調べても、現代の遺伝性骨ページェット病に特徴的な遺伝子変異は見い出されませんでした。タンパク質は変異型なのにDNA配列はそうでない理由について、研究者たちは、DNA塩基配列のほかの部分に原因がある可能性を指摘しています。この研究では、PCRによって対象部分近傍の70-80塩基対を調べただけであるため、配列を読んでいないその他のスプライシング部位などに変異があった可能性もあるのではないか、というわけです。

別の個体では、骨ページェット病のような症状に加え、骨に腫瘍ができていました。骨ページェット病が進行すると、まれに骨腫瘍ができ、その部分では特定の種類の小さなRNA (miR-16) が多く発現することが、現代の臨床データからわかっています。この中世の古人骨の骨腫瘍に含まれる古代RNAを調べたところ、miR-16の発現量がたしかに増加していることもわかりました。

こうした古代分子の分析結果から、この中世の遺跡の人骨のなかに骨ページェット病に罹患していた個体が含まれているという診断結果が得られました。現代に見られる骨ページェット病と相違する部分もあったため、この研究を進めた研究者たちは、骨ページェット病の分子メカニズムが、中世と現代とですこし異なっていたのではないかと議論しています。


おわりに

遺跡から出土する人骨については、これまで、主に骨の形態から病気や健康状態を推定することがほとんどでした。しかし、古代分子を調べる研究手法が発展してきており、タンパク質やDNAの証拠から、確実な診断を下すことも可能になってきています。古代の疾患について分子メカニズムを詳細に調べることで、現代の治療に役立つ知見が得られると良いですね。
(執筆者: ぬかづき)


*1 Shaw B, Burrell CL, Green D, Navarro-Martinez A, Scott D, Daroszewska A, van ’t Hof R, Smith L, Hargrave F, Mistry S, Bottrill A, Kessler BM, Fischer R, Singh A, Dalmay T, Fraser WD, Henneberger K, King T, Gonzalez S, Layfield R. 2019. Molecular insights into an ancient form of Paget’s disease of bone. Proc Natl Acad Sci 116:10463−10472.

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