オランウータンの大冒険
何万年という時間軸で,私たちヒトがアフリカから世界中に広がっていった様子は,このブログでも何度か取り上げています*1.しかし,この広い地球上で長い時間をかけて移動しているのは,ヒトだけでもないのです.今回の話の主役であるオランウータンも,何十万年もかけて地球上を移動しています.
現在,野生のオランウータンは,インドネシアのスマトラ島と,マレーシア・インドネシアのボルネオ島にしか生息していません.ところが,ちょっと時代をさかのぼると,オランウータン (とその祖先*2) の化石はアジアのいろいろな場所から出てきます.
今回紹介する2013年に発表された論文*3では,そうしたオランウータン化石の発掘状況と,新しくみつかった化石から,オランウータンが過去にどのように地球上を移動していったかを考察しています.その内容を以下に紹介します.
空白の半島マレーシア
これまでにも,オランウータン化石は,更新世 (約258万−1万年前) 後半のアジアから広くみつかっていました.大陸側では,中国,ベトナム,カンボジアなどから,北限は北緯30°から南限は北緯10°まで,いろいろな遺跡から化石がでてきます.スンダランド (赤道周辺の島がたくさんあるところ) では,現在までオランウータンが生き残っているスマトラ島,ボルネオ島をはじめ,ジャワ島などからも,更新世の終わりごろの年代にあたる化石がみつかっています.
しかし,大陸とスンダランドのあいだに位置するタイ・マレーシアの半島からは,これまでオランウータン化石がみつかっておらず,かつては大陸からスンダランドに広く分布していたオランウータンが,現在いかにして,スマトラ島とボルネオ島のみに生き残ることになったのか,その過程がよくわかっていませんでした.
新しく発見された化石
そのような状況で,Ibrahim博士たちは,半島マレーシアで初めてとなるオランウータンの化石を発掘します*3.ふたつの洞窟から全部で9本の歯がみつかり*4,それぞれの年代が50万年以上前,6.6万−3.3万年前と測定されました.
大陸では,47.5万年前にさかのぼるオランウータンの化石が出土 (@ベトナム) していますが,それと同様の年代に,オランウータンはすでに半島マレーシアのほうにも生息していたことがわかりました.
なぜ現在の半島マレーシアにはオランウータンがいないのか?
現在の半島マレーシアの南部は,低地の熱帯雨林が広がる,オランウータンにとっては暮らしやすいはずの環境です.しかし,半島マレーシアでは,約3万年前以降の新しい年代の遺跡からは,発掘自体は数多くなされているものの,オランウータンの化石はいまだに発見されていません.すでに述べたように,現生種もいません.
今回発見された化石は,3.3万年前まではたしかにオランウータンが半島マレーシアに生息していたことを示しています.では,約3万年前から現在にかけて,半島マレーシアでいったい何がおこったのでしょうか……?
これについて,Ibrahim博士らは,環境変動があったために生息数が減少したのではないかと議論しています.3万−2万年前くらいの更新世の終わりに,寒冷化がおこります.これによって,半島マレーシアの熱帯雨林がサバンナに変わり,オランウータンが一時的に,そこに住めなくなってしまったのではないかということです.
寒冷化が終わると,半島マレーシアの植生もサバンナから熱帯雨林に戻ったはずです.しかしそうすると今度は,南極や北極の氷が溶けて海面が上昇します.陸地がつながっていれば,スマトラ島などから,寒冷化のあいだにも生き残っていたオランウータンたちが再び半島マレーシアにやってこられるのですが,海によって陸地が切り離されてしまい,移動は果たされませんでした.このようにして,半島マレーシアからオランウータンがいなくなったのではないかと議論されています.
おわりに
数十万−数万年前には東南アジアに広く分布していたオランウータンですが,近年さらに生息域が激減し,かつてないほど深刻な絶滅の危機にさらされています.「植物油」をとるためのオイルパームのプランテーション開発,森林伐採,森林火災などによって,すみかである熱帯雨林が急速に失われているためです.コドモをペットにするための密猟も,いまだに根深い問題です.このままでは,あと20年くらいのあいだにオランウータンが地球上からいなくなってしまうおそれだって十分にあります.
そうした深刻な結末をなんとか避けるためにも,オランウータンの生態を調査し,正確な科学的知識を蓄積する研究は重要であると言えます.オランウータンの生態がわかっていれば,保全のためのより有効な手段を打つことができるからです.そして実は,日本にも,野生オランウータンの生態を調査している研究チームがあるのです.マレーシアのサバ州で,国立科学博物館や京都大学の研究者などが中心になって,野生オランウータンの調査地を運営しています*5.
この研究チームが,2016年8月31日 (水) まで,調査地の維持と研究の継続のために,以下のようなクラウドファンディングを実施しています.もし,オランウータンの保全や生態に興味がありましたら,ぜひこちらのプロジェクトを支援してみてはいかがでしょうか.寄付金額に応じたお礼としてプレゼントされる「フォトブック」を個人的に見せていただいたりしましたが,非常に素敵な作りになっていましたし,「オランウータン本」も,3冊いずれもわかりやすくオランウータンのことを理解できる良書です.
ボルネオ島での日本人による野生オランウータンの長期野外調査を継続したい!
(オランウータン・リサーチセンターからの許可を得て掲載しています)
(執筆者: ぬかづき)
注
*1 たとえば以下のような記事がありますね.
*2 この記事ではこれ以降,現生オランウータン2種 (Pongo abelii,Pongo pygmaeus) およびその祖先種をまとめて,便宜的に「オランウータン」と総称します.ちなみにこの2種の分岐年代は40万年前と考えられています.
*3 Ibrahim YK, Tshen LT, Westaway KE, Cranbrook EO, Humphrey L, Muhammad RF, Zhao J, Peng LC. 2013. First discovery of Pleistocene orangutan (Pongo sp.) fossils in Peninsular Malaysia: biogeographic and paleoenvironmental implications. J Hum Evol 65:770–797.
*4 岩のなかに骨や歯が埋まっており,ノミやハンマーで取り出したそうです.骨はもろく,ほとんど取り出しに失敗したものの,多くの化石はまだ岩のなかに埋まっており,論文で報告された9本の歯はあくまでもその一部とのことでした.
*5 詳細は以下の書籍を参考ください.
金森朝子. 2013. 野生のオランウータンを追いかけて―マレーシアに生きる世界最大の樹上生活者. 東海大学出版会.
久世濃子. 2013. オランウータンってどんな『ヒト』? 朝日学生新聞社.
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