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dare to.

 ピンポーン…

 家の呼び鈴が鳴った。
 玲がすっと立ち上がって、インターホンの画面を見に行く。





 いつまで経っても、玲の足音がしない。


 「玲?」
 俺は顔を上げた。

 そこに、玲の姿はない。

 見慣れた部屋に、時が止まったように並んだままのグラス。写真。ペットボトル。雑誌。真っ暗な画面。黒いベルト。枯れた花。散らばった玲の洋服、下着。ピアス。


 「玲…?」
 俺はもう一度、名前を呼んだ。


 本当は分かっていた。あと何回呼んでみても、返事は絶対に返ってこない。

 玲は、もういない。


 玲がいると錯覚できるくらい、狂ってしまいたかった。映画や本でよくある話のように、他の人には見えない玲でもいい。たとえ触れられない彼女でも、そこにいてくれるならそれでよかった。それくらい、頭が馬鹿になってしまったほうが楽だった。でも俺にはどうしても、玲がもういないことを無かったことにできなかった。玲がいなくなったと言う事実を、忘れられない。きっと甘えと言われるだろうが、今はただ、早く楽になりたかった。

 俺は彼女の服を拾い上げて、抱き締めた。彼女の服は、なぜか所々が冷たく湿っていた。




 ピンポーン…


 また、インターホンが鳴った。
 俺は玲の服を置いて、ゆっくりと玄関に向かった。
 「…はい……」
 俺はゆっくりと扉を開けた。

 「あ…大丈夫……?」
 扉の前に立っていた女性の声に、俺は顔を少し上げた。

 「…誰、ですか」
 「森田ひかるって言います……森田ひかるです」

 どこか聞いたことがあるような名前だったが、その時の俺には誰だか分からなかった。
 「あの、玲ちゃんの友達で…」

 彼女は大きな瞳で俺を見る。

 「………玲は」
 「知ってます」
 彼女はきっぱりと答えた。

 「じゃあなんで…」
 「玲ちゃんに、頼まれたから」
 「…え……?」
 俺は思い出した。彼女は玲の親友だ。会ったことは一度もなかったが、玲がよく彼女の話をしていた。

 「あ…えっと…頼まれたからって言うとなんか、本当はやりたくないみたいだけど…そうじゃなくて」
 彼女が何か取り繕うように言う。
 「……」
 「……上がってもいい…?」
 「いや….」
 「玲ちゃんがいいって言ってたから。ね…?」
 彼女はそう言うと、半ば強引に俺の横を通り抜けた。
 彼女を止める気力さえ、俺にはなかった。

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