見出し画像

夢の終わりのその後も(2)

お金がなくなれば、あたりまえのようにバイトをしなければなりません。

歌でお金がもらえないなら
別の手段で稼ぐだけのこと。

デビュー前の18歳のころ
アルバイトに選んだのは
コールセンターの仕事でした。

声を使う仕事で、
髪や服の規定が緩い職場でした。
バイト仲間は、劇団の方、声優の方、お笑いの方、もちろんミュージシャンもいる、個性豊かなメンバーで居心地は最高です。

あのコールセンターなら
こんな私でも働かせてもらえそうだ。

履歴書を手に新宿駅へ向かいます。

私の履歴書は学歴の欄も職歴の欄も空っぽでした。
中卒→大検→CDデビュー→プー太郎
これからこんな経歴を抱えてずっと生きていかなくてはいけません。

何も持っていないことを恐れていなかったのは
成功を信じたからです。
成功できなかったいま、それは恐怖でしかありません。

新宿は今日も相変わらず
たくさんの人で溢れています。
誰もがちゃんと目的地に向かって
誰ともぶつからずに早足で歩いています。

南口で降りると
駅ビルのショーウィンドウが見えました。

そういえばしばらく服を買っていません。

売れても無いのに一丁前に
ライブで着ようとか、取材で着ようとか、
そんな風に考えながら買い物をしていたので
その必要性がなくなって、服を買う意味がよくわからなくなっていたのです。

季節が先取りされたマネキンを横目に
面接へ向かいます。

「久しぶり」「おかえり」
あの頃の仲間に、またここで働いても良いと
そう迎えられて私はやっと少しだけ安心できました。

帰り道、さっきは気にならなかったマネキンが少し違って見えました。
私はふと目の前のお洋服屋さんに入ります。

『服を買おう』
そんなたいしたことの無い、普通の行動でした。

目の前の服には値札がついています。
私が何時間アルバイトすればこれを手に入れられるか
すぐに計算ができるのです。

働いて、これを買う。

次に欲しいものができたら、また値札を確認してその分働く。

そんな当たり前のことが、
私に【はたらく意味】と【生きる楽しみ】を与えてくれるような気がします。

デビューできるかもしれない
そんな状況から
一転して自分が選ばれないこと。

デビューしてからも
自分を選んでもらえないこと。

もう長い間そんなことがありすぎました。

そのうちになぜこんなことをやっているのか
その目的すら忘れてしまって
卑屈になってばかりでした。

結局なにも手に入れられなかった私は
これからも何にもなれずに
生きていかなくてはいけないのかもしれません。

だけど
それでもべつにかまわない。

肩書きも
大それた夢物語も
人生の、この世界のほんの一部です。

帰宅ラッシュを迎えた駅に、また人が増えてきました。

すれ違う人それぞれに
きっとさまざまな物語があります。

取り上げられて注目されたりはしないけれど
誰にだってこれまで歩んできた過去があり
ここから紡いでいく未来があります。


きっと私にも。

自分だけが注目されないのではなく
こんな物語で溢れている世界のなかで、
私も、ちゃんと生きていたことに気づいたのです。

服が欲しいと思った、そしてそれを買う算段がついた。

ほんとうにただそれだけのことでしたが
自分が働いたお金を使うことで、
自分がこの社会のなかできちんと機能しているように思えました。

洋服は、ハダカを隠すために着るんじゃない。
誰かに見せる、ためでもない。

好きな服を好きなように着るために働こう。

なんの義務もなく、
好きな服を好きなように着られるのは、
自分が何者でもないことが
許されている証拠だ。

他人の基準から解放されて、
ただここで生きていくための、
私が生きるための服を手に入れたこと。

それが私の第二の人生のスタートでした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?