イノベーティブな企業は、「削減貢献量」をどう活用している? 活用事例と計算手法の紹介【脱炭素スタートアップのものさし #2】
こんにちは!ANRIの土本(X, Facebook)です。ディープテック、特に素材、エネルギー分野で投資検討しており、再エネ開発を行っているアスソラや蓄電池関連のスタートアップに投資をしております。また現在は脱炭素技術を競う国内最大規模1億円の懸賞金である、TOKYO PRIZE Carbon Reductionの運営を行っています。
前回に引き続き、インターンの大川さんによる記事を掲載します。削減貢献量の実例について計算方法や考え方まで細かく解説していますので、ぜひ最後までお読みください!
はじめに
本連載では近年注目が集まる「削減貢献量」ついて解説しております。第1回では削減貢献量の概要を解説しました。
第2回となる今回は、国内外の代表的なスタートアップ2社、Teslaとメルカリが発行するインパクトレポートを通して、どのように削減貢献量を算出してアピールを行なっているのか、実例を見ていきましょう。
ケース① TESLA
まずは、脱炭素化・電動化の流れに乗り販売台数を急増させているアメリカの電気自動車(EV)メーカー、Tesla社の発行するImpact Report を見ていきます。
Telsaが削減貢献量を重視するのはなぜ?
Tesla社のレポートでは、Scope1,2,3と削減貢献量の双方について記載されています。Scope1,2,3に関しては開示義務化の流れが進んでいますが、義務ではない削減貢献量についても、積極的に開示する姿勢が伺えます。p23では、その理由について記載されています。
第1回で解説したように、製品が社会の二酸化炭素削減に貢献していたとしても、事業を急速に拡大させていくスタートアップの場合には会社自体のGHG排出は増加してしまいます。そのため、過去の自社ではなく、社会の既存製品と比較する削減貢献量はスタートアップ企業との相性が良いのです。
実際の計算方法
2022年におけるTesla社の削減貢献量は1340万トンと記載されています。
そしてこの削減貢献量は自動車の販売とソーラーパネルによる発電から構成されているようです。
「テスラ車の走行によって生じた削減貢献量」は、明示されているわけではないですが以下のように計算されていると思われます。
上記の式中の、内燃機関車とテスラ車がそれぞれ1マイル走行する時に排出されるCO2は、以下のように計算されています。(2021年のImpact Reportより)
以上のように、テスラ社の削減貢献量は主に、テスラ車の走行で生じる内燃機関車とのCO2排出量の差分を根拠としていることが分かりました。既存の製品やプロセスを低炭素技術で置換するようなビジネスであれば、同様の構造で算出ができそうです。
しかし上記は言わば変動費的な部分のみを取り扱っており、車自体の製造や処分、リサイクルなどの固定費的な部分には言及していません。
レポートの別の部分ではさらに、製造まで含めた1台あたりの削減貢献量にも言及されています。
製造まで含めた削減貢献量
ライフサイクルにおける、EVとICE(内燃機関車)のCO2排出量比較
上記のグラフは、電気自動車(EV)と内燃機関車(ICE)それぞれについて、製造からその後の使用まで年次ごとのCO2排出量とその差分が示されています。
これによると、電気自動車は製造時により多くのCO2を排出するものの、走行時の排出量が少ないため、トータル(Cumulative EV Avoided Emissions)で見ると内燃機関車よりも排出量が少なくなっています。結果として、平均的な自動車の寿命である17年を通すと、電気自動車は1台あたり55トンのCO2削減につながると主張されています。
製造時の差分は走行時の差分と比較すると無視できるほど少ないというのは興味深いポイントです。
一方で、バッテリーは内燃機関と比べると寿命が短いのではないかと懸念されていることや、化学製品であるバッテリーの処分の環境負荷が大きいことはここでは考慮されておらず、LCA的な観点ではより精査の余地もありそうです。
ケース② メルカリ
次は日本を代表するスタートアップである、メルカリについて見ていきます。事業内容はハードウェア製造ではなくWebサービスであるため意外に思われるかもしれませんが、東京大学と共同研究をするなど削減貢献量の算出に注力しています。
Webサービスにおける削減貢献量の考え方
メルカリはWeb上での個人間の売買(フリーマーケット)プラットフォームです。売買される物には中古の衣服や電子機器なども多く、新品を購入せずに中古品で代替することは二酸化炭素排出削減に繋がります。その結果として、レポートによれば年間約53万トンの排出削減量を生み出しています。
算出の前提の考え方を丁寧に整理すると以下のようになるでしょう。(注3)
上記の考え方を実際の計算に落とし込むためには、(1)それぞれの製品を製造する時のCO2排出量、(2)新品をどれくらいの期間使用するか、(3)中古品をどれくらいの期間使用するか、といった前提条件が必要になります。
そのため、メルカリのレポートでは、売買される物を電子機器、スニーカー、衣類、本・漫画・雑誌、CD・DVD・BDの5つに分類した上で、それぞれのカテゴリに関する消費者の行動をアンケートで調査し、計算に反映しています。
計算式は以下のように示されています。
メルカリは以下のように部門別の「取引1件あたりの削減貢献量」と「部門別の削減貢献量」を公表しています。(件数は筆者の推計です)件数が多く、取引1件あたりの削減貢献量も多い衣類が大きな割合を占めているようです。
電子機器: 27kg/件 × 121万件 =32,688t
スニーカー: 14.9kg/件 × 340万件 = 50,610t
衣類: 9.3kg/件 × 4,612万件 = 428,951t
本・漫画・雑誌: 0.7kg/件 × 5,434万件 = 16,301t
CD・DVD・BD: 0.3kg/件 × 1,003万件 = 3,010t
まとめ
TESLAとメルカリという代表的なスタートアップの事例を通して、削減貢献量の計算方法をご説明しました。「自社の製品がなかった場合」「自社の製品があった場合」それぞれのケースを想定した上で、LCAによって二酸化炭素排出量をそれぞれ見積もり、その差分が削減貢献量となっていました。
削減貢献量の計算過程では、ユーザーの消費行動や既存製品についての多くの仮定が存在し、中にはより精査が必要と感じる部分もありました。例えば、TESLAは自社の走行距離すべてを内燃機関車と比較して差分を計上していますが、ユーザーが他社の電気自動車も同時に検討していて代替されたのが同じく電気自動車であればこの仮定は成立しなくなります。
また、TESLAに電気自動車の心臓となるバッテリーを供給したメーカーも二酸化炭素排出削減に貢献していると言えそうですが、同様の削減貢献量を主張できるのでしょうか。それとも何らかの割合で分け合うべきでしょうか。
次回のノートでは、こうした削減貢献量という指標に関する課題や議論に迫っていきます。
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出典
Impact Report 2022, Tesla, 2023年4月, https://www.tesla.com/ns_videos/2022-tesla-impact-report.pdf
Impact Report 2021, Tesla, 2022年4月,https://www.tesla.com/ns_videos/2021-tesla-impact-report.pdf
メルカリと東京大学、「メルカリ」の取引による温室効果ガスの削減貢献量を算出, メルカリ, 2023年8月, https://about.mercari.com/press/news/articles/20230808_u-tokyo_positiveimpact/
FY2023 6 Impact Report, メルカリ, 2023年6月, https://about.mercari.com/press/news/articles/20230921_impactreport/
(補足)LCAについて
製品の生産・流通・使用・廃棄の各工程における環境負荷を、包括的に評価する手法のことです。
生産・流通・使用・廃棄の各工程にかかる排出量は、「生産に必要な原料」「輸送に必要なガソリン」などに分解して、それを足し合わせることで計算することができます。
「生産に必要な原料」「輸送に必要なガソリン」など、個別の要素のCO2排出量に関しては、「IDEA」などのデータベースを参照して計算することが可能です。
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