見出し画像

ディープテックスタートアップにおけるストーリーテラーの役割とは?

こんにちは、ANRIでインターンしている博士@nashi_budo)です。
今回もnoteを読んでいただきありがとうございます。
気づいたら今回で5回目の投稿になりました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
多くの方々からDMをいただき、このnoteを通してまだ会ったことがない皆さんと時間差のある対話ができているような気がしてなんだか嬉しいです。

さて、今回の記事では研究開発型スタートアップにおけるストーリーテラーの役割について書いていきたいと思います。
ストーリーテラーとは、研究者・技術者が作り上げた技術の価値を社会に対して発信する人のことです。
このような人がチーム内にいなければ、どれだけ素晴らしい技術を持っていてもビジネスとしては成り立ちません。技術を翻訳するキーマンは必要不可欠なのです。これは技術を開発しているエンジニア自身、研究開発をしている研究者自身のようなCTOポジションの人である場合もあるでしょうし、CEOやCFOのポジションの人が担う場合もあるでしょう。ポイントはどのようなポジションの人であれ、そのようなストーリーテリングをする人がチーム内にいるかどうかということが問題です。

この技術を私に売ってみてください

【質問1】
「ITO(酸化インジウムスズ)透明電極を配置した静電容量センサーで静電容量の約1pFほどの微細な変化を正確に検出する技術」という研究を私にいくらで売りますか?


このような質問を問いかけると、
開発した研究者の時給ベースで計算するパターン、材料費から計算するパターンが多いです。

では、次の質問に行きましょう。

【質問2】
「ITO(酸化インジウムスズ)透明電極を配置した静電容量センサーで静電容量の約1pFほどの微細な変化を正確に検出する研究」という研究を私からいくらで買いますか?
この研究をいくらだったら妥当な値段だと思いますか?


立場が変わると思考方法が変わった方は多いのではないでしょうか?この質問をしたときに多い回答は、この技術がどういう商品に応用できるか考え、その商品の推定売上から計算するパターンです。

ただ、大抵の場合は研究の発明者・技術者は自分の発明品の資本価値に無頓着で、安い価格設定で売ってしまう場合が多いのです。

種明かしをしましょう

さて、先ほどのなんとも小難しいタイトルの研究ですが、実は皆さんが日常的に使っているスマートフォンのタッチパネルの技術です。その技術を基礎研究っぽく言い換えたのが先ほどの「ITO(酸化インジウムスズ)透明電極を配置した静電容量センサーで静電容量の約1pFほどの微細な変化を正確に検出する技術」です。

画像1

この基礎研究をしていた研究者はこの技術の約$1000Bのポテンシャル市場規模に気づいいていたのでしょうか?買う側のロジックを考えた上で技術を十分に魅力的に見せ、ポテンシャルを感じさせられるような売り方ができたでしょうか?

この技術が商品化には皆さんもご存知の有名なストーリーテラーが一躍買っています。詳しくは「対極的な2人のスティーブ」の章で話したいと思います。

有能なストーリーテラーは無機質な技術に色をつけ、人々が理解でき、必要と思わせることができます。

ストーリーテラーとは?

先ほどから話しているストーリーテラーとは具体的にどういう人のことでしょう?
それを話すにはストーリーテリングについて先にお話する必要があります。

何かの事柄を伝えるときに物語の形で伝えると伝わりやすくなります。というのも人間にとってストーリー性がないと理解すること、記憶することが難しいからです。物語を最後まで見たいという好奇心は人間の根本的な欲求の一つです。

物語というのは、理性的に理解するためのフレームであるだけでなく、感情にも訴えかけることもできます。印象に残る電車内の広告、記憶に残るフェイスブックの投稿、どうしても引きつけられてしまうインスタグラムのストーリーは全て物語が裏に隠れています。
適切にストーリーテリングすることで、製品やサービスの必要性を強調することが可能になります。
特に難解な分かりにくい技術を扱うディープテックスタートアップではこのようなストーリーテラーの存在が欠かせません

ストーリーテリングの成功例

対極的な2人のスティーブ
成功したストーリーテラーとして有名なスティーブジョブスは誰でも知っているとは思いますが、アップル共同創業者のもう一人のスティーブをご存知ですか?

“Woz”の愛称で知られるスティーブ・ウォズニアックは、スティーブ・ジョブズと共にアップル社を創業し、初期のホームコンピュータ「Apple I」、その後「Apple II」をほぼ独力で開発しました。

画像2


技術者からはApple IIの設計などから窺えるその技術力から「ウォズの魔法使い」とも呼ばれます。
ウォズはアマチュア無線の免許を6歳の時に取得し、13歳でトランジスタを組み合わせて原始的なコンピュータを作り、科学コンクールに優勝しました。
ウォズとジョブズとの出会いは、1971年のヒューレット・パッカードでの夏季インターンシップでした。

天才エンジニアのウォズはビジネスには興味がなく、ウォズ人生における第一目標は一生エンジニアとして働くことだったそうです。経営には全く興味を示さず、名誉も富も求めずにエンジニアに徹してきました。

もう一方のスティーブ、ジョブズについてウォズが以下のようにインタビューで話しています。

「ジョブズは、コンピュータのことはまったく知らなかった。しかし、ジョブズは、学生の頃から$20をかけて作ったPCを$40ドルにして売る才能を持っていた。」

ジョブズのプレゼンを見たことがある人は多いでしょう。

"One more thing ..."

これは、スティーブ・ジョブズのプレゼンテーションの定番です。最後に最高のものを残すことで、すべてのプレゼンテーションを最高の形で終わらせ、聴衆の注意を引きつけることに成功しています。

ウォズと対極的なジョブズは、ビジネスには必ず利益が伴わないといけないことを理解していました。ジョブスがいなければ、ウォズの素晴らしい業績たちは自己満足で終わっていたかもしれません。ウォズがいなければ、アップルが生み出してきた数々の製品は生まれることはなかったかもしれませんが、ジョブズがいなければ、私たちに製品が届いてはいなかったでしょう。
これがストーリーテリングの力です。

適性価格なんてあってないようなものに価格を付ける

ストーリーテリングの第一歩目として技術・研究の価値を理解して、適正価格を決めるという工程があります。
最初に皆さんに考えてもらった質問に答えるためには、技術の凄さ(優位性・応用範囲)、投入する市場(誰が欲しいか・潜在市場規模)、売り方(知財・人材・サービスとして)など様々な要素が複雑に絡み合った問題を解かなければなりません。その上で、適切なストーリーに乗せて発信する必要があります。

私の研究の対価は604億円
2004年、青色LEDのトップメーカーである日亜化学工業株式会社を相手に、元社員の中村修二博士が裁判を起こしました。中村博士は日亜化学工業在籍時の1989年から青色LEDの開発を開始、1993年、世界に先駆けて高輝度青色LEDを開発、実用化発光ダイオードを開発しました。高輝度青色発光ダイオードの発明により、赤﨑勇氏・天野浩氏とともに2014年のノーベル物理学賞を受賞しました。

画像3

中村氏が日亜化学を訴えた裁判は、日亜化学が持つ特許番号2628404号の特許(通称404特許)は中村氏のものであり、日亜化学に譲渡していないので返還し、これまでの利益の一部を支払えというものでした。この404 特許は確かに中村修二が発明者となっていますが、特許権者は日 亜化学工業株式会社になっています。

東京地方裁判所が下した判決は、404特許の対価は604億円で、日亜化学に200億円の支払いを命じるものでした。業務発明だと通常は95%以上が会社側の貢献度とされるのですが、404特許については会社の中止命令を無視して中村氏が開発を行なった非常に希有な例であったため、中村氏の貢献度を50%と非常に大きくみています。 そして、青色LEDの利益に対し404特許の重要性を非常に大きいと判断されたこともあり、604億という巨額の評価額がつきました。

これは裁判という形で研究の対価が明らかになった事例です。
このように技術が特許として具体的な価格が決定される場合はやはり、どれくらいの利益を生み出したかが重要になると分かります。技術を売る場合は、実用化された場合にどれくらいの利益が生み出されるかを推定してそこから逆算するといいのかもしれません。

詳しく知りたい方は、中村氏・日亜化学両方がそれぞれ本を執筆しているので、読み比べてみてください。

知財を証券化する
青色発光ダイオードの件では特許が話題の中心でしたが、昨年末に人工タンパク質の開発を行っているスパイバーが「事業価値証券化」という日本では珍しい金融手法を使って250億円の資金調達を行いました。スパイバーは世の中で最も強靭で伸縮性にも富むと言われるクモの糸を人工的に開発することに世界で初めて成功したスタートアップ企業として有名です。同社が研究開発している人工タンパク質素材「BREWED PROTEIN」は、石油を使わずに、現在の合成繊維やプラスチックと同等、あるいはそれ以上の性能を持つ成形材料を製造できるものです。地球上に豊富に存在するタンパク質を原料にしていることから、次世代の“脱石油素材”の大本命技術の一つと言われ、世界中で研究開発が進められています。昨年12月にはスポーツアウトドア大手のゴールドウインと共同開発し、世界で初めて人工タンパク質素材を使った高機能ウエア「MOON PARKA」を販売しています。

画像4

未上場ながらも時価総額は1000億円を超えている「ユニコーン企業のひとつです。スタートアップの多くはエクイティで調達する中、事業の証券化によって資金調達しました。
事業の証券化とは、資金を必要とする企業が、自ら保有する資産から生み出されるキャッシュフローを担保に金銭を調達する手段のことです。英語で、Whole Business Securitizationとなり、WBSと略称されます。
事業譲渡のように事業そのものを売却するのではなく、事業がもたらす将来のキャッシュフローを裏付けとして債券やローンを発行します。株式の増資と違い、返済する義務が発生し、投資家の利益は利息です。スパイバーの先進的な研究開発設備及びプラントなどの有形資産、そして知的財産等の無形資産などを担保にしたスキームです。借入は厳しい審査があり、第三者割当増資は株式希薄化につながるという理由から事業の証券化を実施したとコメントを発表しています。
スパイバーは開発した技術を見事に技術→知的財産→証券(250億)と変換しました。このように技術をお金に変換する過程では必ず説得力のあるストーリーが必要であったと思います。

少しストーリーテラーの話からはずれてしまいましたが、技術を生み出す人材に加え、技術を理解し、魅力を最大限伝えることができる人材がディープテックスタートアップには求められています

まとめ

ストーリーテリングに自信があるそこのあなたへ、是非ディープテックスタートアップの一員となって、分かりやすくインパクトのある形で研究技術を発信してください。この研究が価値を見出すかどうかはあなたの腕に懸かっています。


一回立ち止まって考えたいこと

これまで何回か研究・技術を応用した事業に関する記事を書いてきました。ありがたいことにたくさんの方が読んでくれて、いいねをくださいました。
そんな中、私の中で複雑な気持ちが芽生え始めました。
本当に私はいいねやアテンションをもらうだけの価値を生み出しているのか?
私のnoteを読んでくださる方々に感謝しながらも、同時に読まれない論文・注目が当たらない研究者のこと考えるととても複雑な気持ちになります。

その一方でストーリーテラーが及ぼせる影響は大きいと思っています。

この記事を書いている私もストーリーテラーです。
実際に研究されて技術を生み出している方々の業績が少しでも多くの方に届くように、これからもストーリーを書いていきたいと思っています。

そして、私の記事を読んで技術や研究に興味を持たれた方は是非研究者の業績である論文を読んでほしいです。

おまけ

ただの音の羅列なのに曲(ストーリー)と感じてしまうのは逃げられない人間の性質なんでしょうね。
以前、このようなツイートを見かけてどうしても曲に聞こえてしまうのが不思議になりました。
https://twitter.com/nsmrnoak/status/1368158105083637768?s=21

おまけのおまけ

時間がなくてもこの通りに書けばなんとか形になる文章が書けるというマニュアルを備忘録として作ったので良かったら使ってみてください。

参考文献は多すぎて見にくいのでこちらのリンクにまとめました。

起業相談・資金調達に興味がある方は、コンタクトフォームからお気軽にご連絡ください!
博士の学生や研究者の方で、自分の研究が事業化できるか分からないけど相談してみたい、ディープテックスタートアップの成功事例を知りたい、壁打ちしたいなどありましたら、お気軽に私にDMで連絡ください(もちろん、博士の学生や研究者以外の方でも大歓迎です!)。お待ちしております!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?