52ヶ月間のヤーレンズ(その7)

この投稿の内容は私が"2022年 お笑いで1番泣いた"話です 

タイトルにヤーレンズと書いておきながらほぼ史実的なものは出てきませんので興味のある方だけ読んでもらえれば(検索諸々から飛んできた人ごめんね)


2022年10月―の続き

2022年はとにかくヤーレンズを自分のペースで追いかけていたが、それ以前、メインで情報を追っていたのは漫才師・和牛である



♪~
(BGM 情熱大陸のテーマ)




BGMなら出囃子を流せと怒られるかもしれないが文章を打ち込んだ際に脳内に浮かんだ描写がNGKの客席を背後に写真撮影といった本編での1シーンだったのでそのまま書いてみた

10月下旬、3年ぶりとなる和牛の全国ツアーが札幌で開催された

M-1グランプリ2017準優勝を経てから情報を追い続けてもう5年が経過した

それまで和牛のことを一切知らなかった訳ではない

唯一覚えているのが2015年NHK新人演芸大賞での漫才だ
(漫才は『頑張っていきましょう』だった記憶があるが記録が見つからないので間違っている場合はどなたか教えていただけると助かります)

当時、特に応援している芸人がいた訳ではなく、たまたま観ていたところ黒スーツに白シャツというとてもスタンダードな衣装の和牛が登場した

その漫才での水田さんのねちっこい返し方を聞き、私は初めてお笑いで"共感"を知った

その共感はめちゃめちゃ声に出して笑う訳ではなく
肚に落ちきったという意味合いの共感だった

普段何気なく使っている言葉は自分が思っているほど理解もしていないし間違いに気付いていない、しかもそれが人間として生きるにどれだけ恥ずかしい行為なのか―

そんな主旨の"教え"を受けているかのような水田さんのはなし言葉の力に一発で惹かれたのだ

『なんかすごい人が出てきたな』

当時の私には衝撃が大きすぎる漫才だった
屁理屈漫才と称されていたが私には何が屁理屈なのかが理解できないままネタは終わっていた



その後、私の人生は一気にドン底となる機会が重なった



この投稿時点から振り返ってみると、物心ついた頃からその時期(厳密には和牛を好きになってからもしばらく)までは楽しいと思える時間もたくさんあったが



"ずっと生きた心地がしない日々だった"



と今となっては感じている

そんな中、M-1グランプリ2016をまた意図しない時に眺めていた この時も推しはいない

敗者復活戦から勝ち上がり決勝の舞台で漫才を終えた和牛の様子を観て、その際一緒にテレビを観ていた姉が

『姉ちゃんこの人の顔好き~』

と言った

それが川西さんだった(※余談だが姉の旦那は水田さんの系統の顔つきである)

本人としては何気ない一言だったろうが私はその一言が何だか忘れられず次の日から川西さんについてひたすら調べていた

その結果、芸人の中でも“人格者”と言われファンへも神対応することで有名と、とにかく芸人らしくない、中々いないタイプとの情報までは把握しつつM-1グランプリ2017の決勝までやんわり和牛の情報に触れ続けていた

この時のファイナルステージ3組は
とろサーモン、和牛、ミキである

和牛は完全なる推しでは無かったためフラットに3組のネタを観ていたが、元々好きであるお笑い欲が爆燃えするぐらいはどれも最高に面白い漫才3本だった

私にはそんな経緯があり、改めて自分を見つめ直す余裕が持てた



・とにかく自分が好きなものを好きと言える環境が欲しい
・語彙力を培うために140文字制限の中でどれだけ自分の気持ちを表現できるのか
・その言葉を見た人に少しでも生活において何らかの形で視野を広げてもらうことができたら

という想いを抱え現在のTwitterアカウントを作成し、ちょうどこの投稿日がアカウントを作成して5周年となる


このあとはちょっとずつヤーレンズにも触れていく


ではなぜ和牛とヤーレンズを話題に挙げるのか―




どちらも私が好きなお笑いだから




で片付けても良いかもしれないが


神戸と大阪にルーツがある

ネタ作りは普段の会話を引用している

M-1では伏線回収型の漫才を掛けている

メディアの露出自体はそこまで考えておらず常に漫才のお仕事を優先したいがローカル番組はやりたい・全国地方も回ってみたい(グルメレポ系ウェルカム)※過去のそれぞれのインタビューでの発言より

夫婦のような関係性を感じる(ファン側の主観)

野菜を使うネタがある(これはもう強引)

片方がひねくれ者と思いきやもう片方もそれなりにひねくれている(私は4人とも『ひねくれている』と思ったことは一度もない)

今パッと浮かんだ和牛とヤーレンズの共通項を掲載したがこの共通項が全て同じ組なんて探せばいくらでもいるかもしれない

ただ、ファンの欲目で戯れ言だろうが私から言わせてもらえるならこんなにも二人の関係性の波長までもが似ている組はまず知らない―

また、自分たちの個性を出すための地道な下積み、あと少しのところで掴めなかった"栄冠"があるのも事実(ヤーレンズに関しては今のところということで聞いてほしい)


大分前置きが長くなったが、和牛の全国ツアーは昨年の内に終了しているので若干内容に触れる


今までのツアーでは漫才+幕間+ゲームコーナーの構成が続いたが今回は漫才+幕間の構成でいつもより漫才も増え全ネタ10分程度の長尺だった

前回のツアーから2年が空き、和牛はこの間に結成15周年を向かえていたが、この状況下で周年ツアーは流れ翌年に開催するに至った

そのためポスターにも15周年の横に『+1』の文字が付け足されている

ちなみに幕間中の企画として【M-1卒業式】なるものがあった

みんなで行った、修学旅行~

\修学旅行~!/

のあのリズムで和牛が挑戦し続けたM-1を和牛本人がスライド映像に合わせて回顧するといったものだった

僕達はM-1を卒業します

その一言で企画は終わった

会場を見た感じ、お客さんの年齢層は確実に高くなり男性の比率も多くなっていた

漫才の頂点には届かずとも挑戦し続けた間、

M-1にも、

応援してくれている(してくれた)方からも、

恩義は確実に受けていた5年だったと、

お二人からのせめてもの恩返しの時間だった

早くからもう挑戦はしないと宣言していた中で、


しかも一年過ぎてでもこの企画をやり通してくれた


そんなお二人の律儀な姿に会場内は『ありがとう』と『お疲れ様』の気持ちに包まれていた


ツアーが始まる前のラジオの中で川西さんが突如、田原俊彦のモノマネをする場面があった

一度観たことがある和牛の漫才でクイズ番組のヘキサゴンに関連した下りが加わっていた

その時期、ラジオの虎でも“ヘキサゴン”が話題になっている回がある

偶然にもヤーレンズに関連する用語が和牛のトークや漫才の中にもポッと出てきたのだ

漫才が好きになったキッカケを与えてくれた和牛が賞レース等の縛りありきの環境から離れても、むしろまだ賞レースにかけられる漫才を作り続けている事実、

あくまでも私の中で近しい2組であるがために、近い将来、全国でこんなにもたくさんのお客さんを魅了するライブを開催できる時がヤーレンズにも来るかもしれないという期待―

そんな漫才を観た後、幕間に情熱大陸の映像が流れた

その瞬間、涙が止まらなくなってしまった


和牛の漫才を観ながら楽しむのに平行して

【変わってくれ、ヤーレンズの人生】

となったのは言うまでもない―



そして11月に入りヤーレンズはM-1 3回戦を突破していく






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