見出し画像

抗うものよ,大志を抱け

新川和江さんの「私を束ねないで」という詩が大好きだ。

夢と希望をもって努力が叶って入学した中学校が,

本当は固定概念とステレオタイプでコンクリート詰にされたような場所で,
子供の持てる可能性は全て「危険だから」と,化石のような校則で否定する,“由緒正しい”場所であったことに気がついてしまったあの頃。

大人に,世間に,人生に絶望していたあの頃。

勉強なんてしたくなくて,何にも従いたくなくて,
範囲じゃないページを読むことで,思考を別世界に飛ばす,そういう小さな抗議で,
どうにか正気を保っていたあの頃の私に,

「私を束ねないで」というタイトルが,私の心を掴んで離さないのは当然のことのようだった。

わたしを束ねないで

わたしを束たばねないで
あらせいとうの花のように
白い葱ねぎのように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色こんじきの稲穂

わたしを止とめないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃はばたき
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音

わたしを注つがないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮うしお ふちのない水

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐すわりきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風

わたしを区切らないで
,コンマや.ピリオドいくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡ひろがっていく 一行の詩

この詩を読んだ時,私は勉強ができなくて。

英語なんて下から数えていつも10番目に入っているような出来で。

それでもその時,留学しに来ていたフィリピン人の女の子に,この歌の意味を知って欲しくて,この気持ちを,この学校の中にの人じゃない人に共有したくて,授業中に必死に英訳を試みたことを覚えている。

そんな出来の悪い文じゃあ,きっと伝わらないからと,見せることはなかったのだけど。

今でも覚えている。
教科書に向き合って,一心不乱に英語の文字を辞書から探したあの教室。
確かこのくらいの季節だったと思う。

よく晴れた日で,夏らしくなった濃い緑色の木々が,丘の上に立つ校舎からは一望できた。
白いタイル張りの校舎の内装と、綺麗に磨かれた窓から見える、赤煉瓦の校舎の外観と青い空、そして入道雲のコントラスト。
校舎全体を吹き抜ける風。耳を澄ますと鳥の囀りと,周りのみんなの文字を書く音、ペンと紙が擦れる音が聞こえてくる。

あの学校が心底嫌いで、大人が、級友が心底嫌いで、それでもあの校舎の美しさはいまだに思い出す。

あの頃の私には、夢があった。大志があった。
いつも校舎の窓から外を眺めて、夢を見ていた。
叶わない未来なんて考えられないほど自分を信じていた。

それゆえに、周囲から見ると危険に映ったのだろうか。

しかし、今振り返っていても、私はさまざまなリスクを、自分が消費されるリスクを、高い解像度でわかっていて。自分なりのリスク管理のもとで最大限の行動をしていた。

当時の行動を振り返っても、私は無鉄砲に走っていたわけではなく、計画的な管理のもと、リスクを背負う覚悟で動いていたと思う。
(しかし、そのリスクの責任は、子供はとることが出来ないものだから、大人が私を制限したのは、今考えれば当然なのだが。)

そんな頃の私にとって、この詩はあまりにも衝撃で。

この詩を読んで、当時の私が残していた小さなメモが見つかって。

「私は、千年杉になりたい。きれいに咲いて、摘まれて、飾られる華になるより。」

私の叫びだった。

誰からも信じてもらえなかったから、
誰よりも人のやりたいことを信じてられる雄大な人になりたいと思った。

どこにも居場所がなかったから
全ての人の拠り所みたいな強さが、太さがある人になりたいと思った。

「いいじゃん」「大丈夫だよ」「向いてると思う」

だから、きっと、この頃の自分を慰めるために
こういう言葉を人に投げかけているから。

全ては私のエゴなのだろう。

そろそろ私は、私の置いてきた大志を拾いに行かなければいけない
私が捨てた、おざなりにしてきたことに向き合わなければいけない
見ないふりして、薄っぺらい意味の大人になろうと自分を束ねたこと、
そういう眼差しに負けたことを認めること。

どうか、もう一度、言えるようになりたい

私を、束ねないで。
私を、止めないで。
私を、注がないで。
私を、名付けないで。
私を、区切らないで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?