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わたしの楽園

※後に出てくる歌詞は、こちらから引用させて頂きました。素敵な日本語訳をありがとうございます。


わたしは「夢」のない人間だ。
「なりたいものは?」「やりたいことは?」という質問が大嫌い。幼い頃はちゃんと答えられていた。幼稚園の年少さんから挙げていくと、クマさん→水泳の選手(習っていたから)→CAさん(英会話教室に通っていたから)。クマさんから急に現実的になりすぎだろ、と思う。


でもなぜだろう、小学生になってから、そういう「夢」は無くなってしまった。クマにはなれないし、自分より泳ぎが上手い人も英語ができる人もこの世にはわんさかいる。小学生ながらにいろいろ考えていたんだろうな、と思う。6年生の授業で、将来の夢をクラスメイトの前で発表する機会があった。何の取り柄もなくやりたいことの無い自分が恥ずかしくて間違っているようで、当時少しだけ絵を描いていたので将来の夢は適当に「イラストレーター」になった。みんながなぜ堂々と自分のやりたいことを発表できるのかわからなかった。恥ずかしい、恥ずかしい。


中学の職場体験は最悪だった。みんなは行きたいところが決まっていたが、わたしは決められない。最後の最後まで決められず、先生から提示されたのは人数が埋まらなかったのであろう「幼稚園」vs「老人ホーム」。いやいや待ってくれ、こんなことを言うととても嫌な人みたいになるけど、わたしは子どもとお年寄りがめちゃくちゃ苦手だ。最悪の二択だった。どっちがマシか考えて幼稚園に行ったけど、他の生徒のように園児たちと触れ合えない。キラキラした表情の園児たちに手を引かれながら、(わたしは何をしているんだろう)とぼんやり考えていた。
最終日、そんなわたしにもお手紙を書いてくれた園児がいた。本当に自分が恥ずかしかった。恥ずかしい、恥ずかしい。

進学先を決めるときも地獄。成績は良かったので大学進学を見据えた高校選びを、と先生に言われたが、何のために大学に行くのかわからない。母親と喧嘩もした。結局、出願の1ヶ月前まで決められなかった。受験勉強もクソもない。1月のある日、雪の降る田舎の農道を1人で泣きながら下校した。たまに通る車の音も、雪が吸収してくれる。凍りそうな涙が肌に染みて痛い。10分以上遠回りして家に帰ったわたしは、地元から電車で40分、自分の中学からは出願者がいない進学校を受験することを決めた。


地元の高校に物足りなさを感じていたわたしは、何気に高校生活を楽しみにしていた。でも、始まってみるとやっぱり地獄だった。みんな大学に行くことを目標に来ている。「何となく自分の学力に合いそうだから」そんな理由で受かってしまった自分を責めた。大学選びの時も、みんなは就職ベースで考える。でもわたしにはどうしても出来なかった。わたしの家族や親戚はみんな理美容業界で働いていたため、(もう専門学校に行こうかな……)と3年生の夏まで考えていた。いつも「逃げ」の選択肢を頭に浮かべてしまう自分が嫌いだった。嫌いだ。嫌いだ。


いろいろ考えた結果、大学へ進学することにした。専門学校はいつでも行ける、と自分に言い聞かせた。学部学科は興味の赴くままに選んだ。お金に余裕などないのに、「わたしたちの家系で唯一、進学できる頭を持ってるんだから」と大学に、ましてや就職には繋がらないであろう分野に進ませてくれた両親に感謝してもしきれない。

ここまでつらつらと書いてきたが、21年間生きてきた中で最悪のイベントは間違いなく就活だ。「やりたいこと」のない人間がどうやって企業にアピールするというのだ。「とにかく説明会を聞いていればやりたいことが見つかるよ!」というよくわからないアドバイスを見て、手当たり次第に聞いてみた。結果、自分のやりたいことがますますわからなくなった。
早々に東京での就職は諦めた。元々、みんなが生き急いでいる感じが苦手だった。田舎育ちのわたしが呼吸するのには、人やモノが多すぎた。ぜんぶ事実だけど、言い訳でもある。逃げるかのように地元で就活することに決め、きちんと選考は受けたが結果的にコネで内定を頂くような形になった。

それがずっと引っかかっていた。どんな目で見られるんだろう。地元の人からも、大学の友人からも。友人は苦しみながら今でも就活を続けているというのに。わたしは。逃げてしまった。甘えてしまった。わたしなんかよりやりたいことが明確で、そのために努力をしてきた人たちなのに。罪悪感。罪悪感。罪悪感。


そんなある日、 BTSの낙원という曲に出会った。
アルバム曲というのもあり、ARMYになってからしばらく経つが聴いていなかった。彼らのいろんな曲を知りたいと思い、日本語訳動画をサーフィンしているとき。

マラソン♪マラソン♪


なんだなんだと思った。
特徴的な歌詞から始まる曲。しばらく心穏やかに聴いていったが、サビに入り思わず一時停止をしてしまった。

止まっても大丈夫
理由も分からないまま走る必要はないんだ
夢がなくても大丈夫
少し幸せを感じる瞬間があるのなら

時が止まった。いや、止めたのか。
そこには、一番言ってほしかった言葉が並んでいた。
夢がなく、目標に向かって頑張れないわたしはいつも引け目を感じていた。こんな人間が恵まれていていいのかと、生きていていいのかと。そんなわたしの澱んだ心を、たった数十秒で軽くしてくれた。

夢の名前が違っても大丈夫

(中略)

僕らはこの世にふさわしいんだ
どんなに大きくても小さくても
君は君だろ

かけてほしかった言葉を大好きな人たちがかけてくれた。
こんなわたしでも生きていていいんだと思わせてくれた。
わたしの낙원になってくれてありがとう。


夢がなくてもわたしは、この世にふさわしいんだ。

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