見出し画像

がん細胞が生まれるまで

古い細胞から新しい細胞へ

およそ60兆個の細胞から成り立っているわれわれヒトの体は、常に細胞分裂を繰り返して新しい細胞を生み出しています。人体では生涯の間に古い細胞から新しい細胞への入れ替えが数千回行われます。たとえば赤血球と皮膚細胞のそれぞれの寿命は120日と60日です。この新しい細胞は、細胞核の中にある遺伝子によってコントロールされたコピー細胞です。

デジタルデータもコピーを繰り返すと劣化するように、人体の細胞にも細胞分裂を繰り返していくと元の細胞と異なる不良細胞が生まれることになります。つまり遺伝子の複製時にエラーつまり間違いが起こるわけです。この間違いが蓄積していくために細胞が老化し死んでしまうとするのが細胞寿命のエラー説です。遺伝子の間違いを起こす原因としては、強い放射線、紫外線、熱、煙草のベンツピレン、ある種のウイルスなどの発がん物質があります。これらの発がん物質に暴露される期間が長いほど不良細胞が生まれる確率が高くなります。

正常細胞には寿命がある

一般に正常細胞ならば細胞の寿命があります。細胞の寿命とは、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死(アポトーシス、apoptosis)です。たとえば30歳代の皮膚細胞なら40日間周期で新しい細胞が生まれます。ヒトの生体内では、がん化した細胞など内部に異常を起こした細胞のほとんどは、このアポトーシスによって取り除かれ続けています。これにより、ほとんどの腫瘍の成長は未然に防がれています。ところが一部のがん細胞には、これに抵抗する抗アポトーシス機能があるために細胞死することがありません。

がん抑制遺伝子とNK細胞

元の細胞と著しく異なる細胞が、がん細胞です。とはいっても直ぐに臨床的ながんが発生するわけではありません。というのも細胞の核には、がん抑制遺伝子があるからです。がん抑制遺伝子は、がんの発生を抑制する機能を持つタンパク質をコードする遺伝子です。p53、Rb、BRCA1などのがん抑制遺伝子が知られています。この遺伝子によってコードされるがん抑制タンパク質が壊れた遺伝子を修復してくれますが、がん抑制遺伝子の働きが不十分なときにがん細胞が生き残ります。

がん細胞が生き残ると、生体の免疫を担当するリンパ球のNK細胞(natural killer cell)が、この異物であるがん細胞を認識し、死滅させます。この免疫の力により人体は癌細胞から守られています。それでも一部のがん細胞は、NK細胞の総攻撃から逃れるために、細胞分裂のときに遺伝子を変化させます。遺伝子を変化させることでがん細胞膜表面の抗原を変えてNK細胞の認識をすり抜けるわけです。

がん抑制遺伝子に打ち勝ち、免疫細胞の監視から逃れられて初めてがん細胞は増殖することができます。受精卵と同じように最初は1個のがん細胞から始まります。これが細胞分裂を無秩序に繰り返して増殖していきます。そしてがん細胞は、正常細胞と異なって不死な細胞です。

増殖因子の発現

正常な発育パターンに従わず、代謝を自律的に増強したり、自らに血液供給をおこなったりなど多様に変化してしまい、身体組織が制御不能な浸潤性の発育をするものが、がん(癌)です。 がん細胞は、多くの増殖因子を放出することで無秩序に増殖を続けます。またがん細胞の細胞膜表面には成長因子受容体がより多く発現しています。さらに、がん細胞の細胞質内にあるシグナル伝達経路も常時活性化されたままになります。すなわちがん細胞の内外において増殖因子、増殖因子受容体、増殖シグナル経路を介した刺激が常時回り続けることで細胞増殖を促進しているわけです。

加齢にしたがってがんになる確率が高くなります。これはがん細胞が作られる回数が増えるにもかかわらず、がん抑制遺伝子の働きや免疫力が加齢とともに弱くなってくるからです。1個のがん細胞がゆっくり倍々と増殖して100万個の細胞塊になると、その大きさは1mmくらいになります。このレベルではCT検査、MRI検査、PET検査でもがんを発見することが困難です。がんがこれらの検査で発見されるまでには20~30年の時間を要します。

新生物の分類

がん、癌、癌腫、腫瘍については下記のベン図のように分類できます。腫瘍とは、自律的に自己増殖できる細胞の塊ということができるでしょう。腫瘍つまり新生物は、良性、境界悪性、上皮内新生物、悪性とに分類されます。

画像1

腫瘍の良性と悪性を特徴づけるのが、周囲組織への浸潤と転移です。がん細胞は周囲組織へ破壊的浸潤をしていきます。さらに、がん細胞は局所的な浸潤もしますが、遠隔臓器にも転移していきます。そういった点で、がんは長期の経過観察を要する病気と言えるでしょう。  転移性がんは、リンパ管や循環血液を介して広範囲な器官へ広がります。年配者では、脳、乳房、肺、前立腺、結腸、リンパ系組織などが転移の標的臓器となることがあります。がんの治療には、外科療法、放射線療法、化学療法、免疫療法、ホルモン療法などがあり、症例によっては、複数の治療方法を併用することがあります。これを集学的治療といいます。また、治療方法によっては、他の健康問題や泌尿・生殖器の障害を起こすこともあります。

血管新生

がん細胞は、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)の産生も行います。がん組織に対して酸素を運搬するためのルートである血管を確保するためです。血管内皮細胞増殖因子は、周囲の毛細血管を作る血管内皮細胞に働きかけ、血管内皮細胞を急激に増殖させます。これが血管新生です。がん組織は新しい血管を呼び込むことで十分な酸素と栄養をもらえるようになります。

がん幹細胞

がん幹細胞(cancer stem cell)は、高い造腫瘍能、自己複製能、多分化能を有する細胞群と定義されています。これらの幹細胞様の特性があるため、わずかな個数でもがん幹細胞を免疫不全動物に移植すると新たにがんを形成することができます。また、がん幹細胞は、化学療法や放射線療法などに抵抗性を示すことも知られています。つまり化学療法、放射線療法、分子標的治療法で、一見がんが治癒したかに見えても、非がん幹細胞だけ障害され、治療抵抗性のがん幹細胞は局所に残存している可能性があるわけです。これが、がんの再発の機序です。

悪性新生物の特徴

以上のことをまとめると、がん細胞つまり悪性新生物の特徴は、次の4つです。
・無秩序な細胞増殖
・抗アポトーシス機能
・周囲組織への浸潤と転移
・血管新生
次の4つのビデオ(英語)は、これらの機能を分子生物学レベルで説明しています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?