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この先のオンラインコミュニケーションについて

下記の内容がずっと興味を持っているテーマだったので、今日はこの記事の感想を書く。

リモート化が当たり前となりつつある昨今の状況であるが、自分はインターネットの利用開始以来、ずっとオンラインでの有効なコミュニケーション「表現」について考えてきた。

オンラインでの重要となるテーマは、如何に現実のコミュニケーションに近づけるか?である。

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人は言葉だけを交わしてコミュニケーションを取っているわけではない。

誰かとリアルに対面したとき、表情や仕草や声のトーン、又はその場の環境の雰囲気などを視覚以外の感覚も感じながら、自らの感情を細かく調整してコミュニケーションを図っている。

最近少しオンラインゲームに触れたが、コミュニケーション方法は15年以上前と変わらずまだ言語と視覚(+一部音声)頼りであり、少なくとも今のオンラインゲームにその先の可能性は感じられなかった。

オンラインでの表現の価値は、リアルの場では起こせないことを起こすことか、リアルの方法を補完できるものを提供することにあると思う。

今後オンラインのコミュニケーションが対面と同レベルで代用可能なものになるとしたら、発信者がそういった言語や視覚を増幅させたり、それ以外の五感も取り入れることが重要となってくるのでは無いだろうか?

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また表現以外の面でも拡大できる要素はあると考える部分について

自分はこれまで、オンラインの未来を信じられる経験をいくつかしてきた。

1、午前3時のマージャン中にあったこと(いずれ詳しく書く)
2、SNSで救いの場に出会えたこと(自分がかつてNPOを作ろうと思うきっかけとなった)

これらはオンラインがリアルの心情を補完してくれた出来事である。

リアルでは出しにくい心の内を出せたのは、交流の場が実体では無かったからなのだろう。(身体は傷つかないし、心も距離を取ろうと思えば取れるからプレッシャーは少ない)

自分が光のお父さんに感動したのも、見事にリアルの心情を補完した実例だったからである。

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インターネットの利用が当たり前となって20年以上経ったが、この先自分たちには考えもつかない交流の仕方が常識となってくるはず。

ただ人の本質は感情の増幅を求めるもの(特に喜び)であって、そこは今後も大きく変わらないだろう。

だからこそ、感情や感覚を大事に思える人であることを意識し続けたい。


何らかのアクションをいただけると、一人で記事を書いてるわけではないのだと感じられ、嬉しくて小躍りしちゃいます。