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舐め回すように聞く#1 『呼び込み君』

前置き

曲を聞いて一生懸命解析してみるということをする。好きな曲、話題の曲、意味不明の曲……、解析したくなった曲は何でも。


選曲について

このネタの栄えある1曲目として選んだのは『呼び込み君』。

私がこの曲を初めて耳にしたのは、中村橋のとあるスーパー内の肉売り場。そのとき割と衝撃を受けた記憶がある。スーパーで流れる音楽って「そのとき流行ってる曲のインストアレンジをソプラノサックスが吹けば即オッシャレ〜」みたいな軽薄な思想で、喉の通りがいい曲が延々と流れているという印象だった。そこにあの呼び込み君である。上記のいかにもスーパースーパーした曲とは異なる、「お客さんに来てもらうための販促ソングでーす☆」ということを公言して憚らない、何だったらそんな歌詞すら聞こえてきそうな、別の意味で軽薄なサウンドが耳に飛び込んできたのだった。

その時抱いた感情に対する説明をどうしてもつけたい、などという情熱があるわけではない。しかし、多くの人が知っている、短い、狂信者がいない(であろう)、それになんと言っても販促ソング、企画の第1弾としてこれほどふさわしい曲もあるまい。

楽譜

『呼び込み君』スコア譜

早速だが『呼び込み君』のスコア譜だ。

実は『呼び込み君』は正式な曲名ではない。「呼び込み君」はメモリ式の販促音声再生機につけられた名前だ。その中に標準で用意されている曲が2曲あり、それぞれ『No.2』『No.4』という。アップテンポな方の『No.4』が、今回の対象曲でありその正式な名前である。ただし『No.4』だとあまりに引きがないし、そもそもなんのことかわからないので、本記事上は『呼び込み君』と呼称することとした。詳しくは、Wikipediaの該当ページを参照のこと。

さて、上記に貼り付けた『呼び込み君』の楽譜だが、画像サイズを小さくしているのは意図的である。そう、著作権のことだ。配慮の方法はいくつかあるようだが、上記楽譜については、音楽の解説をするには十分な程度、しかし演奏再現のできない程度まで画像の解像度を落とす、ということにした。

音商標

ちなみに、この曲の著作権上の取り扱いについて調べているとき、著作権とは別の気になることを見つけてしまった。話の脱線ついでに書いておこう。

この曲、なんと商標として出願されているのである。特許情報プラットフォームで「出願番号・商願2020-124414」で検索すれば、詳細な情報や現在のステータスを確認することができる。「曲が商標……?」と思うかもしれないが、どうやら"音商標"という商標の区分があるらしい。

例えば、「(‘ω’)アサヒィ↓スゥパァ↑ドゥルァァァァイ↓」は商品名を特徴的なナレーションで読み上げることで作った音商標。メロディーをあてて「痔に〜はボラギノ〜ル♪」というようなものもある。逆に歌詞などがついていない正露丸のトランペットのフレーズも音商標である。先程の特許情報プラットフォームの「商標検索」から「検索オプション」で「音商標」にチェックを入れて検索かけると、音商標がズラっと出てきて楽しい。

さて、音商標としての『呼び込み君』の話だが、現在のステータスは「係属-出願-審査中」とのことである。「係属」とは訴訟法上の用語で、要は「取り扱い中」みたいな意味、つまり出願はされているが音商標としてはまだ正式に登録されていないという状況だ。

これまでの審査の経過は下記のとおりだ。

商標登録願    2020/10/08
手続補足書    2020/10/09
拒絶理由通知書  2021/10/01
意見書      2021/11/09
手続補足書    2021/11/10
応対記録     2022/01/25

商標出願 2020-124414 経過記録より

2020年に出願後、2021年に特許庁より「拒絶理由通知書」を受領、同年それに対して出願人(群馬電機株式会社)が「意見書」を出し、今に至っている。いつも思うがこの「拒絶」という言葉の強さよ……。

拒絶理由通知書

何れにせよ、まず出願に対して「商標登録できない理由があります」との特許庁の言い分である。

■第3条第1項第6号(第1号から第5号までのほか、識別力のないもの)

 この商標登録出願に係る商標(以下「本願商標」という。)は、別掲のとおりの商標記載欄の記載、音商標である旨の記載及び経済産業省令で定める物件(令和2年10月8日付けの手続補足書に添付の音声ファイル)から把握されるものです。
 ところで、役務を提供するにあたって、一般的に、多種多様な音が、役務の魅力を向上させるため又は広告等における需要者への注意喚起、印象付け若しくは効果音として用いられている実情があります。
 このような実情を踏まえますと、本願商標についても、需要者は、自他役務の識別標識としてではなく、役務の魅力向上又は広告の演出等に用いられる音の一種として認識するにとどまると認められます。
 そうしますと、本願商標は、需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができない商標と判断するのが相当です。
 したがって、本願商標は、商標法第3条第1項第6号に該当します。
 ただし、本願商標が使用をされた結果、需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができるに至っていることを証明する資料を提出し、それが認められた場合には、この限りではありません。

拒絶理由通知書 (商標出願2020-124414) より

ああ法律文書。一生懸命調べてなんとか次の通り解釈した。

まずは「第3条第1項第6号(第1号から第5号までのほか、識別力のないもの)」について。第3条第1項は「商標登録の要件」についての記述で、「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる」とあり、そのネガティブリストとして6項目掲げられている。第1〜5号は、ざっくりいうと「ありふれたものや慣用されているものは商標として認められませんよ」という内容であり、件の第6号は「その他」の形で前号までを補完するような位置づけだ。曰く、

六 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができない商標

商標審査基準 第3条第1項より

「役務」とはサービスのこと、実態を伴う「商品」と並ぶ言葉だ。本出願における「指定役務」は以下である。

飲食料品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,酒類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,食肉の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,食用水産物の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,野菜及び果実の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,菓子及びパンの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,米穀類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,牛乳の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,清涼飲料及び果実飲料の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,茶・コーヒー及びココアの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供,加工食料品の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供

商標出願 2020-124414 出願情報より

ものすごく長いが、各項目の前半はまとめると「スーパーの業務」である。後半部「顧客に対する便益の提供」は混乱しやすいが、「スーパーに買い物に来る顧客」に「購買のための便宜を図ること」、この場合より特定的に言えば「ある特定の商品に注目させること」である。

先の第6号に戻り、続いて「需要者」については非常にわかりづらい。本件においては、「スーパーの顧客」と「呼び込み君の顧客(つまりスーパー自身)」の2通りが考えられ、おそらく特に注釈のない限りにおいては、前者のことを指していると思われるが、混在しているようなニュアンスも感じる。正直ちょっと自信ないが、両者の言い分を理解する上においてはまあそれくらいの認識でなんとかなる。


さて、ここで先程の拒絶理由通知書に戻り、文を解釈してみる。

役務を提供するにあたって、一般的に、多種多様な音が、役務の魅力を向上させるため又は広告等における需要者への注意喚起、印象付け若しくは効果音として用いられている実情があります。

拒絶理由通知書 (商標出願2020-124414) より

「役務」は上記の通り「スーパー業務において買い物客がある特定の商品に注目するようにする」である。その役務において『呼び込み君』に限らず「多種多様な音」がその目的のために使われている、と言っている。

 このような実情を踏まえますと、本願商標についても、需要者は、自他役務の識別標識としてではなく、役務の魅力向上又は広告の演出等に用いられる音の一種として認識するにとどまると認められます。
 そうしますと、本願商標は、需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができない商標と判断するのが相当です。

拒絶理由通知書 (商標出願2020-124414) より

「自他役務の識別標識としてではなく」ここが拒絶理由の中心的な部分である。つまり、商標とは「自社の商品・サービスを他社のものと区別するためのサイン」でなければならないというわけだ。『呼び込み君』は、スーパーで行われている販売促進行為に伴っている曲の1つに過ぎず、それを聞くことで買い物客が「お、いつものあの販売促進音声再生機が稼働しているな」とは思わない、なので商標とは認められないという主張である。

しかし、この後段、拒絶理由通知書の最後の部分にこうある。

 ただし、本願商標が使用をされた結果、需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができるに至っていることを証明する資料を提出し、それが認められた場合には、この限りではありません。

拒絶理由通知書 (商標出願2020-124414) より

一般論としては先述のとおりだが、実際の使用を通じて『呼び込み君』がそのように認識されていると証明できれば商標と認められます、と挽回の道筋が示されているのだ。

意見書

拒絶理由通知書から約1ヶ月後、それを受けて出願人より意見書が出される。拒絶理由通知書は3ページで理由本体は半ページ程度だったが、意見書は実に12ページにも渡ってびっしり記述されている。長いので全てに渡っては解説しないが、

《使用された結果、需要者が何人かの業務に係る役務であるかを認識することができるに至っている商標であると言える証拠》

意見書 (商標出願2020-124414) より

について

  1. 本願商標の使用状態

  2. 本願商標の周知著名性

の観点から主張が行われている。いくつか抜粋してみたい。

まずは「1. 本願商標の使用状態」から。

特に本願商標は気分が高揚するような曲調で、かつ覚えやすいメロディーが繰り返されるので、一度聴いたら記憶に残りやすいという特徴がある曲です。そのため、需要者はすぐに識別し、目の前の商品に注目させる効果があります。本願商標の曲でなければ同じ効果は期待できなかったことを考えれば、「呼び込み君」のヒットは本願商標なくしては生じ得なかったものと言えます。

意見書 (商標出願2020-124414) より

ふむふむ、一度聞いたら記憶に残りやすいというのは本記事冒頭の通り。

実際に店舗で使用されている様子について、出願人の元に「呼び込み君」のファンレターを送ってきてくれた複数の小学生のレポートの抜粋を証拠として資料6、7に添付致します(著作権やプライバシーの問題から、公開はお控えください)。

意見書 (商標出願2020-124414) より

まじか。

本願商標を本願指定役務について商標登録することができれば、「呼び込み君」を購入していない第三者が、無断で本願商標を使用して飲食料品の小売等役務に使用することを防ぐことができ、ひいては出願人が製造販売する「呼び込み君」を守ることができます。したがって、本願指定役務について本願商標を保護することは、非常に意味があることであると思慮致します。

意見書 (商標出願2020-124414) より

商標にせずとも、著作物を無断でコピーして他社が販促に使うのは違法な気がするがどうなんだ。『呼び込み君』がJASRACなどの管理楽曲で、包括契約など結んでいればいけるのか? このあたりは正直きちんと調べられていない。

続く「2. 本願商標の周知著名性」において、如何に『呼び込み君』が世間に認知されているかについて、22の実例が10ページに渡って記載されている。新聞、TVの報道、Web記事などだ。

また、後半のコメント部にはこのような記載もあり、

(前略)自分の卒業式に仮装してそれがニュースになってしまうこともあります。このように本願商標は単なる「携帯式デジタル音声再生機,音声による電子広告装置」のBGMではなく、もはや「呼び込み君」というキャラクターに成長しており、自他商品の識別力を持つ商標となっております。

意見書 (商標出願2020-124414) より

出願人が主張する通り、たしかに「呼び込み君」の認識力は確かな実績に裏付けされているのかもしれない。

さて、本記事執筆時点(2022年2月)では、この意見書に対する特許庁側の大きなアクションは無い。上記、拒絶理由通知書と意見書を一生懸命読んでみたものの、これ以上の深掘りや展望予測をするには力が足りない。結末を楽しみに待とう。


以上、「『呼び込み君』の音商標登録に関する顛末と一考察」をここまでお読みいただいたこと、感謝したい。では、また次の記事で。










……まあ冗談なんだけど、著作権の取扱いに関する確認中に音商標の出願を見つけてしまい、その調査報告につい夢中になってしまった。ここまでで、音楽的な情報といえば低解像度のスコア譜を貼っただけだ。ここから音楽的な解釈にもきちんと踏み込んで行こう。が、ちょっと長くなりすぎたので、一旦記事としてはここで区切ろうと思う。

次回お楽しみに。


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