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ポケットにところてん


自分を愛してみる方法を最近はずっと探している。


じぶんにやさしくするというのはすごく難しい、一年前東京に出てきたわたしは18歳で、まだ18歳なんだねと言う大人にずっと腹が立っていた。わたしは18歳だけど毎日メラメラして生きているのに馬鹿にしないでと思っていた。まるい気持ちなんてどこにもなくて、ご飯はただの延命措置だと思ってたからコンビニ弁当でよかった。ささくれはいつか消えるし、いっそ何も食べなくても寝なくても死なないし、命は削ってもどうにかなると思っていた。子供っぽい顔のパーツや、ものをボトボト落としたりする自分のダサさにずっと悲しかった気がする。


365日を燃えるように過ごし、19歳の誕生日を迎えたある日、じぶんに優しくしていなかったことに気づいた。眠り続けてた自己愛が痛がっているのが分かった瞬間、人生で初めて自分のためにボロボロ声を上げて泣いた。一人暮らしのせまい部屋で、泣きながら眠った。

これを機に、19歳はじぶんにやさしくしてみようと決めた。

いままでしなかった料理をはじめた。自分で作るご飯がおいしいと嬉しい。道を間違えて裏通りに入っても、ウロウロ楽しんでみる。猫を見つける。死なない気持ちがひとつふえる。親につまらないことを連絡するようになった。二ヶ月に一回くらいしか連絡を返せないダメ人間だったけど、最近はいい感じのジーンズを安く買えたとか、喫茶店のおじさんがクッキーをおまけしてくれたとか、そうゆうことを連絡する。同じ時間軸に好きな人たちが生きていて、そのうえ返信が来ることが、こんなに嬉しいなんて思わなかった。

7月になってレジ袋が有料になったのに、普通にエコバッグを忘れてしまった。荷物も多く両手は塞がっていて、買ったところてんがどこにも入らない。真ん中をハサミで切って、ポケットに入れてみた。パンパンに膨らんだポケットはダサくて、笑ってしまった。去年のわたしなら無理やり手に持ってボトボト落として怒っていたと思う。19歳のわたしは、そのまぬけを笑うことができる。


じぶんに優しくできない日はもちろんある。それでも、自己犠牲は絶対に美談であってはならないと、19歳のわたしは思う。優しくできなかった日はその分たくさん眠って食べて、おなかにもこころにも優しく、まいにちできるだけ大丈夫でいたい。ポケットにところてんが詰まっててもいい。そんなわたしのこころは、大きく太く、去年のわたしよりも清々しければいいなあと願いながら、今日もわたしは死なない。


#死なない杯

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出雲にっき

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20歳/自由律俳句ユニット・ひだりききクラブ/ ミスiD2019文芸賞/君のラブリーフレンド