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幽世の一日が今日も廻る『すみれの空』

2021年5月27日にPC(Steam)とNintendoSwitch向けにGameTomoからリリースされたゲームのご紹介。コンパクトでシンプルなアドベンチャーゲームですが、非常に良い時間が流れている作品でした。

小さな世界を廻る廻る

小学生の女の子「すみれ」が主人公です。おばあちゃんが亡くなって少したち、お父さんは別居状態でお母さんはいつも元気がありません。すみれは元気がないお母さんやあることがきっかけで不仲になってしまった同級生との関係に苦しむ日々を過ごしています。そんなすみれの前にある日、喋るお花が現れます。「とびっきりの一日を過ごそう!」元気の押し売りをかましてくる煩いお花はやや強引にすみれを外に連れ出します。

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画面を見ていると違和感があると思いますが、歩いていくとこの世界が半径の小さい円形となっていることが分かります。小さな世界をぐるぐるぐるぐる。ファストトラベル機能もありますが、基本は歩き回る遊びとなります。歩き移動しかない場合は移動可能な範囲が広いとダルくなってしまいがちですが、このゲームの場合は世界自体がコンパクトなため、それほどストレスがたまることはありません。ちなみに2Dのように見えますが、奥行きのある空間となっており、縦方向での移動をする場面も存在します。

ここは現世か幽世か

ゲームの目的は「とびっきりの一日を過ごす」ことであり、そのために喋るお花と一緒に外出して道中の猫や案山子や蛙たちからの頼まれごとをこなしたり、同級生たちと交流したりします。お花が喋るだけで驚きですが、ナチュラルに他の動物(中には水道のホースも!)喋りだすから不思議。そういうファンタジーなんだろうと思って進めていると、巨大なカラスが「お前はこの世界の住人じゃない」といったニュアンスで話してきて一気に不穏な空気が漂います。そう言われて見渡してみれば、この世界は妙に美しい。絵本のようなグラフィックで描かれた花が咲き、色鮮に溢れた世界は裏読みしていくことで少女の冒険物語以上の意味が見えてきます。

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この作品には境界渡る瞬間がいくつも登場します。序盤で渡る川の周りには石を積んだ小さな塔のようなものがいくつもあり、見ようによっては賽の河原に見えてきますし、鳥居を抜けて森の奥の神社に向かう行為はまさに向こう側に向かう体験。他にも開かずの家に入る行為や暖簾をくぐって温泉に入るなど、作中では何度も越境するイメージが繰り返されます。この越境行為と美しすぎる風景、動物たちの不穏な発言から裏読みするならば、この世とあの世の中間を行き来していると解釈することは容易だと思います。とはいえ、これは私の解釈でしかありません。それぞれの解釈で一日を過ごすことがこのゲームの提示されている遊びなのですからどう考えるのもプレイヤーの自由です。

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選択と思ひ出と残酷

本作を印象深いものにしている要素の1つに、選択肢の存在があります。頼まれごとをした際や人と話した際に選択肢が出るのですが、頼まれたことを断ることは可能ですし、ムカつく相手には怒りをそのままに言い返してやることも可能です。究極的にはお願いごとはすべて断ってもクリア可能となっています。この選択肢は所々乱暴なものもあり、蛙のお願いをかなえる手段として近くのクモに蛙の餌を集めてもらうことが可能な一方で、選択次第でクモを餌にしてしまうこともできてしまいました。子どもの凶暴性が見えて怖いですねー。

印象的な要素をもう1つ挙げると、いくつか存在する回想シーンもいいスパイスになっていました。ムービーとして流れるわけではなく、ゲームプレイの一部としてすみれを操作して見ていくのですが、静止した回想の世界で影として動くすみれという対比のある画面が、もう戻れない過去を現在の視点で見る厭さを際立たせていました。

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1日の終わりに何を想ふ

「とびっきりの一日」を過ごすために歩き回ったすみれは終盤でバスに乗ります。車中ではすみれが窓の外を見て物思いにふけっているような表情が映り続けるのですが、この場面は何もしないととても長い。私は最終的にボタン長押しでスキップしてしまいましたが、プレイする際は是非このゲームで遊んだ時間を振り返ってみてください。あの手紙を出すべきではなかったかもしれない、あのお願い無視してしまったなとか色々な思いが巡ると思います。オートセーブのみでセーブデータが1つという、咄嗟のやり直しができないデザインです。選択には重みがあります。何が「とびっきりの一日」の一日なのか思わず考えてしまいました。

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ゲームの最後にはこれからの人生についての絵を描く場面があります。マルチエンディングを採用したゲームですが、ここでの選択は(たぶん)エンディングには影響しません。思うがままに選んでみて一日を終えていただければと思います。エンディングに影響しない要素と言えば、道中で手に入るお金で買える靴や髪飾りなどのほとんどは単に見た目にしか影響しません。展開に影響することもなさそうなので、本当に自己満足の要素。ただ、それも「とびっきりの一日」を過ごすために必要かもしれません。このゲームはそれぞれの一日を主体的に選び取ってもらうことを意図しているのでしょう。その意図を実現するにはもう少し選択の幅を増やしたり、展開のパターンを増やした方が良かったとは思いますが、それでも魅力ある世界での一日が過ごせることには確かです。アコースティックバンドTOWが手がけた音楽も素晴らしく、安易に和楽器を使わずに和風な音楽を成立させているところが良いですね。とっておきの一日を過ごしたい皆さま、是非プレイしてみてください!


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