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月と豆

拝啓 ムンビン様

私たちのあいだを隔てるものが海ではなく、高い高い空になってから幾日かが過ぎました。そちらはどうですか。暖かく、晴れているでしょうか。手を伸ばせば星に届きそうですか。雲の寝心地はどうですか。地上のことは、どれくらい見えているでしょうか。
今もまだ、心のどこかでは信じきれていません。貴方がいないこと、貴方のパフォーマンスを二度と見られないこと、ふにゃふにゃとした声で笑う貴方の姿が、私たちの目には見えなくなってしまったこと。少しだけ長いお休みの期間で、私たちの知らないところでまた散歩をしたり、猫と戯れたり、そんな無邪気な休日を過ごして、そのうち「ロハ、ただいま」と自撮り写真を乗せてSNSを投稿してくれるような、そんな気がしています。夢を見てしまいます。 でも、あなたはもう居ません。


私がASTROと出会ったのは2019年の11月。Blueframeのカムバ中で、貴方はお休み中でした。
その頃の私は、休んでいるメンバーが一人いる、という認識だけで、年が明けてからのファンタジオ屋上での6人全員のVライブでも、とてもとても喜んでいる先輩AROHAたちを「どうしてあんなに盛り上がっているんだろう」と少し離れた場所から見ている感覚でした。今ならば、どれほど嬉しかっただろうかと、骨に染みるほど想像できます。
3年と6か月。
短いでしょうか、それとも長いでしょうか。私にはわかりません。でも、揺るぎなく宣言できるのは、私はASTROを推していて楽しかったということ、出会えて良かったと心から思っていることです。


以前の私はK-POPを忌避しないまでも、自分とは縁遠い世界だと思っていました。アイドルなんて柄じゃないし、歌詞の意味だって分からない。海の向こうの誰かを応援する日々が来るなんて、5年前の私に言ったら絶対嘘だと笑われてしまうでしょう。そのくらい、私の人生にとってあなたは、そしてASTROはイレギュラーでした。分岐点でした。
『初めて』は一度きりです。だから、これから先、どんなに素晴らしいアイドルに出会っても、ASTROほと強く推せはしないだろうと思います。あの日ASTROに渡したスタート地点は、もう誰にも動かせないものだから。
ムンビン、あなたが長い練習生期間を努力し続け、アイドルとしてデビューしていなければ。再びステージに立つ決意を固めなければ。私の人生にあなたは居ないままでした。あなたの選択を嬉しく、有難く思います。出会わせてくれてありがとう。


パワフルなのに繊細で、豪快でありながら細部まで魂が宿っているダンス。グラスハープの音色のような、飴細工の花のような、芯がありながらも澄んでいて、どこか人の温かみのある脆さを含んだ歌声。相反する属性をいくつも内包しながら綺麗に整った形でそこにあるムンビンのパフォーマンスは、私の目と耳にはいつも新鮮で美しかった。
一生分よりも多く、貰ってばかりで、はたして幾つあなたに返せたのでしょう。
本当にたくさんのものを十分すぎるくらい貰っていたから、あなたが自分を大切にするためなら、ファンもステージも何もかも放り投げてほしかった。それを恨みも憎みもしなかった。絶対に。でも、ファンもステージも投げ捨てられないあなただから、再契約までたどり着けるアイドルだった。どうすれば良かったのか、何が最善だったのか、考え始めると頭がぐるぐると回り、苦しくなります。


これは私のエゴだけれど、本当にたまにでいいから、皆に会いに来てくれたら嬉しい。流星群の夜に流れ星に乗って、落っこちてきてみてください。紫色のロボンの海を見てください。寝ているメンバーの髪の毛にひどい寝癖をつけるイタズラをしてみたりしてください。ソウルの雑踏の風を感じてみてください。この期に及んでなにもかも、身勝手な願いですが…………。



春風のように優しかったあなたが、春風のように去っていってしまって。春が少しだけ怖くなってしまいましたが、あなたが遺したものが世界にたくさんあって。だから、私も毎日を重ねようと思います。次の春には、塞がったと思っていた傷口がまた開いて、悲しくなってしまうだろうけれど。ASTROのムンビンがどれほど素晴らしいアイドルだったか、AROHAがどんなにムンビンを愛していたか、忘れずに明日へ持っていきます。


このあと、少し待ち時間が長くなってしまうけれど、皆がたくさんのお土産を持っていつかあなたに会いに行くから、再会できたら、こっちで何があったかたくさん話します。あなたも、そっちで何があったかをたくさん教えてください。




5月某日、桜並木がようやく咲き始めた北海道より

敬具

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