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0429_石とパン

 男は佇んでいた。
 昼下がりの商店街のメイン通りから少し外れた細道にある、古びたベンチに座っている。5階建ての小さな建物が並ぶその間の通りは細く、人が2人並んでは通れない程。片方の壁に向けてベンチが置かれていた。そこに、男は座っている。
 ぼーっと前を見て、ただの建物の、これもまた古びた壁を見る。その後で、首を90度上に傾け、真上の空を見た。

 男は、自分が孤独であることを知る。

 男の側には誰もいない、愛するものも、血を継ぐものも誰もいないのだ。パン屋で買ったミルクパンが二つ、男の持ちものはそれだけだった。

「足、どけてよ」

 いつの間にか男の前に小さな女の子がしゃがんでいた。足をどけてとはなんだろうかと思いながら、言われるままに足をどけてやる。

「ありがとう、おじさん。あった、あった」

 そう言って女の子の小さな手が男の足元に伸びた。なにかを掴んだようで、拳を握って手を戻す。

「ほら、おじさん見てよ」

 少女の広げた手のひらには小さくて艶やかな赤茶色の石がある。男の手を取り、広げさせるとその石をコロンと乗せた。

「おじさん、これあげる」

「でもこれは君のものだろう」

「誰のものでもないよ。でもとても綺麗だからね、持っているといいことがあるかもしれない。だから、ほら、おじさんにあげる」

 男は手のひらを広げなおしてよくよく石を見る。よく見るほどでもないが、時々目にすることはあるだろう。そういえば、男が小さな年のころ、家の庭にもあったかもしれない。

 気づくと、少女の姿はなく、石だけが残った。

 自分の他になにもなかった男だったが、手の中に残る石がどこか暖かく、希望にも似た輝きを感じ、確かにいいことが起こりそうだと思えた。

 それ寂しかった男の側には石がいるようになった。

 幸福そうな顔で、男は再びパン屋に向かった。


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