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0128_外から中へ

「この子はね、反応も良いし、声も高らかで大きく笑ってくれる。同じテーブルのあの役員はよく話すからリアクションのある人を近くに置いておくと機嫌いいからね」
 そう言われて『この子』を見ると、まあ確かに大きな反応をして笑っているのが分かる。私は、はぁ、とも、うん、とも取れないような返事を返して、もう一度彼の考えたそのグループを見た。

 今年の4月に入社する内定者たちとの食事会を企画していた。内定してからの数ヵ月で何度か集まる機会を設けているので、お互いのことはもう大体わかっているだろうから、今回は入社前の社員との交流を増やしたほうが良いだろう、と言うことで、社員と内定者をMIXさせたグループでゲームでもしようかと私は考えていた。上席にそれを伝えると、役員は内定者のことを知らないからと言われ、ゲームではなく形式ばった自己紹介をすることになった。グループ分けも食事会の店も役員目線で考えた。内定者のための食事会だと理解していたのだが、どうやら相違している。
 まるで中間管理職の気がしてならない私は、入社1年目である。去年の私の時もこんな感じだっただろうか。思い出そうとするが、緊張していたのか、当時の記憶は曖昧だ。ああ、そうか。どうせ曖昧になるのだから、内定者がどう感じるかよりも役員が大事なのか。
 しょうもな。

 果たして食事会にて。
 私は一通りのグループを見て、一番上の役員がいる席に着いた。
「お食事は進んでいますか」
 私が若い彼らに微笑みかけると、隣にいる役員が口を開いた。
「料理がいいね、美味しい。さすが○○専務が選んだお店だけあるよ。そう言えばその○○専務がね」
 私に向いていた顔をくるりと前方の内定者に向けてまた内輪の話をし始めた。概ねずっとこんな調子だったのだろうと容易に窺える。
 ので、私は遮った。
「みんなはどうかな?美味しく食べられていますか。料理も色々ありますが、当社にも色々人がいるのでそれを少しでも知る良い機会になっていたらいいな」
 役員の話を遮った私に、同席の子達は瞬間、少し驚いていたけれど、一人が大きく微笑んだ。あ、あの子だ。
「はい!とても美味しいです。入社前に皆さんのお人柄を知ることができてよかったです。4月がとても楽しみです」
 花が咲いたように笑った彼女に、どうやら役員もつられたのか、ひどく些細に微笑んだ。続けて隣の子も話し始める。私はその隣の子の空になったグラスにノンアルコールワインを注ぐ。私も笑うし、あの子も笑っている。私は彼らを見ている。
 そう言えば、と思い出す。
 私の時の食事会、役員の印象は確かに曖昧である。でも、遮って話を聞いてくれた社員の顔は覚えていたのだった。

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※会社もその中の人も、そこに入るまだ外の人も様々いますね。どうか上手く融合できますように。まもなく春ですね。
・・・・・・まだ、少し先かなぁ。

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