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0601_夜が更けて

 6月最初の空は高く、半袖では肌寒いものの、陽の光があると言うだけでどこか暖かく感じるから不思議だ。私は図書館からの帰り道、少し疲れたので公園のベンチに座って休憩することにした。
 リュックにすれば良かったと、柔らかい帆布のトートバッグをベンチに下ろしながらまた思う。道中何度も思ったものだった。腰を下ろし。それを見上げて、ふぅと息を吐く。重かったなぁ、ああ、でも思ったように何冊も借りることが出来て良かったなぁ。そんなことを思って空を見て、雲を追い、鼻から息を吸って は公園のその他の人々の動きや表情を目で確認したりする。
 三本亜里沙は、土曜日のこの時間を大切にしていた。

 平日はそこそこなの知れた企業に事務職として勤務し、ほとんど残業はなく9時から17時半で仕事を終えて帰宅する。それだけの毎日である。土日はこうして今日のように図書館で本を借りるかそれを読むに徹する。休日は概ねそれで終わり、気づけばまもなく35歳となるが、三本亜里沙はとても充実しているのだった。
 6月は特別月間だとかで、本来であれば10冊までの貸し出し冊数制限のところ20冊借りることができた。三本亜里沙はここぞとばかりに20冊を借りている。ハードカバーの小説や文庫、自己啓発本や絵本も。大小、厚薄様々、トートバッグはパンパンだった。

 1冊を取り出す。
 もう何度も読んだことのある本だった。 
 いっそのこと買えばいいのだが、そうしてしまうと、トートバッグにある20冊は全て買わなくては道理がない。

 三本亜里沙は気に入った本があるとそれを定期的に何度も読み返すのだ。今回の20冊もそうだし、先月に借りていた10冊もいつか読んだことのあるものばかりである。このことを知人に言うと、それでは知識も世界も広がらないと度々言われるけれど、三本亜里沙はこのままで充分幸せである。

 同じお話や啓発を読み返していると、新しい世界を広げることは難しいかもしれないが、自分のお決まりの世界に深く入っていき、むしろそこで生きていくことができる。そんなふうに三本亜里沙は信じていた。

 高い空はじわじわと暗闇を連れてきた。
三本亜里沙はパタリと本を閉じ、ついでに、目も閉じる。読んでいた知っている世界に想いを馳せて帰路を行く。
 彼女はどこに生きているだろうか。
 夜が更ける。

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★著者:あにぃ


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