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0324_一瞬の青春

 青い春は取り戻せない。
 冬と春が交わる、冷たくて暖かい日だった。
 買い物からの帰路に通る公園で、目の前にいる学生たちの集まりが妙に輝いて見えるのだった。私は特に急ぐこともなかったので先程コンビニで買ったホットカフェラテといつも鞄に忍ばせている寺山修司の文庫を手にベンチに座る。
 彼らはこの週末に卒業をしたばかりの高校生のようだった。4月からは進路もバラバラになることから、別れの寂しさと新しい生活への期待とで、周りの空気は青にもピンクにも黄色にも見える。それだけで輝かしい。
 ページをめくり、文字を見て、彼らの他愛ないおしゃべりに耳を澄ましていた。

「しばらくバイト三昧かなぁ」
「彼女欲しい」
「で、結局あいつとは別れるの?」

 5人いる彼らはそれぞれ数人ごとで話しているようで、同時にいろんな話が飛び交っていた。とても健やかに騒々しい。私はまたページをめくった。

 私の青春はいつだっただろうか。
 高校時代は年頃なのか、友達と言う存在をほとんど作らずに終わった。ただ、同じ本ばかりを読んでいた気がする。そうして、早く社会に出たかった。社会に出て、何がしたかったわけでもないのに、ただ一心に、家や学校から抜け出してしまいたかった。恵まれていた家庭環境に不満がないことが不満だったように思うが、未だに理由は曖昧である。
 何故と問われても答えられない。
 私の青春はそれだった。
 仲間や友人とその時を分かち合うことをしなかったから、『あの頃は良かった』が今の私にはないのだろう。
 それは存外に寂しいものだった。

「とりあえず一人暮らし始まったら連絡してよ。また集まろうぜ」

 背の高い一人の学生が言い、そうだなと同意して、皆、なんとなしに片手を挙げた。「じゃあな!」そう言って全員バラバラにその場を離れていく。ふと、一人の子と目が合い、思わず私が固まってしまうと、彼はにこりと笑って会釈してくれた。

 瞬間、私は思い出した。
 高校一年生の時、同じクラスのはじめてできた友人だろう一人が、いつだったか、写真を撮ろうと言ってインスタントカメラを取り出して、自分と私にレンズを向けた。そしてごく自然に肩を組み、ふたりで笑って見せた。後日にもらった写真で、私はとても緊張した笑顔であったが、間違いなく、私の青春はあのとき、その一瞬がそれだった。そうか、私にも青春はきちんと存在していたのかと、彼の笑顔で思い出す。

 取り戻すほどの青い春はなくても、わずか一瞬の春は確かに『あの頃』にあったのだ。

 冷たくて暖かい春の夕方、私は本を閉じてベンチを立った。

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