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0714_ブルー

「あともう少しってこと、あるじゃない」

 最近よく行くBARのマスターがふと言った。客が話しかけてマスターが適度な相づちをうつ、というのがBARの一般的だと思うが、ここのマスターは自分から話しかけてくる。面白い話でも、そうでない話でも。私はそれが心地良いので最近のお気に入りになっているのだが、そう思わない人も多いのだろう、いつも店内には客がまばらにしかいない。

「少しってなにが」
「色々よ」

 話しかけてきたわりにポイッと投げるので、仕方なく私が考えることになる。

「何かの学びごととか?」
「ううん。そういうのじゃなくて」
「じゃあ悩んでいることのモヤモヤがはれそうなとき、とか」
「うん、そうね。そういう感じ」

 考える素振りを見せながらシェイカーを振り、グラスに注ぐ。綺麗なブルーのカクテルだった。話の途中なのに、夏だし海のイメージよ、と満足気に自分で言った。コト、と音を立てて私の目の前に置く。どうぞ、もなにもない。話を続ける。

「あと少しでそれがわかりそうな気がするって時、ホッとしたような、嬉しいような気になるのよ」
「まだ分かっていないのに?」
「そう。究極、分かるか分からないかはどうでもいいのかもしれない。『分かりそう』って思えたことで、ただそれだけでゴールが見えて安心できるのかしら」

 何の話をしているのか、ふわふわとしていてよくわからないのだが、言わんとすることは分かる。人は行き着く先がどこであれ、見えないことにはずっと不安であるものだ。だから、たどり着く前であっても、たどり着くその地が分かるだけで不安がなくなり達成される確度は高まるだろう。

「マスターも、何かゴールが見えたの?」

 私はブルーのカクテルを口にしてから聞いてみる。カクテルはスーッとミントの爽やかが広がりけれど桃の甘さが後に残って不思議な味がする。

「そうね、模索していたことが、ああ、こうすればいいのかってぼんやり見えてきたのよ」

 その顔は確かに安堵の顔だった。そして、作ってくれたカクテルのように爽やかに笑った。

「ってことで、今日で店を閉めるのよ。ぼんやりでも見えたことをやってみようと思って」

 そう言って、私の前に一皿置いた。そこには『ありがとう』と描いたクッキーがある。

「お菓子屋さんになろうと思うの」

 うふふ、と笑ったマスターからは甘い匂いがした。

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