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0108_ブックカバーを外して

 毎週月曜日、僕は最愛の彼、高瀬と仕事終わりにカフェで待ち合わせをする。それぞれ別に会社を出て、2つ目の駅のすぐそば、細い路地を行くとそこには小さなカフェがある。店内にまばらにいる客は性別年齢問わず様々いて、僕や彼がそこにいてもすぐに紛れてしまうことだろう。その空間が、僕らは好きだった。月曜日はどうしたって憂鬱になりやすいからと、せめてその日の仕事終わりくらいは楽しみを作ろうと、毎週月曜日に気に入っているカフェで待ち合わせることにしたのだった。僕らのささやかな約束。
 僕は高瀬が好きだけれど、彼がどう思っているのかはわからない。
「いらっしゃいませ」
 店に入ると見慣れた顔の店員が声をかけてくれた。僕がなにも言わずとも分かっているようで、そのまま彼の席に手を向けてその場を去った。視線を向けると、当たり前にそこには彼がいた。いつもの、赤いブックカバーを広げ両手を添えて読んでいる。背筋を伸ばし、綺麗な姿勢のままで伏し目がちな目で視線を流している。時おり、その綺麗な指でゆっくりとページを捲る。
 ああ、愛しい。
 けれどいつも、あの赤いカバーの下で何を読んでいるのかは分からない。
 僕はまだ、彼の知らないことばかりなのに、それでもああ、愛しい。
「お、来たね。お疲れさま」
 僕を見上げてくしゃりと微笑んだ。
 最近はいつもよりも仕事が忙しく、実は睡眠もうまくとれていない。それでも、僕はこの毎週の彼とのひとときだけのために生きていると言っても言いすぎではない。だからこの一瞬の、彼の僕に向けた笑みが、例え「お疲れさま」と言うそれ以上の意味がないとしても、僕にはそれで十分生きる意味になるのだった。たまらなくなった僕は自分の気を逸らすために目に入ったそれを聞く。
「お疲れ、いつもいつも何読んでるの」
 聞きながら、僕は席に着く。彼の視線が下ではなく真正面から僕に向けられる。少し、照れているように彼は目を細めた。
「やっと聞いてくれたよね。これだよ」
 カバーを外したその中は僕の好きな作家さんの本だった。
「あれ、高瀬もこの人好きだっけ」
 カフェオレが届けられる。すでに高瀬が注文してくれていたようだ。彼はまた恥ずかしそうに笑う。
「君の好きな作家さんだから、俺も好きになってみようと思って」
 思いがけない一言に僕は驚き、顔が熱くなるのが自分でもわかった。
「毎週、少しずつ君を知ることができたらいいなと思っているけれど、君はどうだろう」
 そう言って彼はカフェオレをゆっくりと啜り、その手や指はわずかに震えているのだった。
 僕はまだ、彼の知らないことばかり。

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★著者:あにぃ

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