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0606_ヤングコーン


「私、離婚するのよ」

 学生時代からの友人である浅野に目の前でポンッと言われた。その時私は、一緒に来たランチのサラダバーで山盛りにしたヤングコーンを口に入れたところだった。入れたからには咀嚼して飲み込まなくては答えることも出来ず、どうしようかとソワソワしながた。コリコリシャクシャク。ゆずドレッシングがまだあまり染みていなくてヤングコーンの味が口いっぱいに広がる。

「そうなんだ」

 飲み込み終えて口に出た。あんなに仲良かったのにとか、何があったのとか、一般的に聞くだろう質問を浮かべては消す。

「あなたが好きなのよ」

 浅野が言った。伏し目にしてコーヒーを見ては、少し笑っているようだった。私も思わず彼女のそのコーヒーを見る。そこには何も映っていなければ、コーヒーの香りすら私には分からない。

「いつから」

 コーヒーを見たまま、私は聞いた。

「高校の時からずっと」

 浅野は顔を上げた。私はまだ浅野のコーヒーを見ている。
 私のどこが好きで、だったらなんであの人と結婚したの、結婚して10年も一緒にいたのに何で今、離婚するの。聞きたいことはいくつも浮かんで消える。

「ごめんね、急に。結婚してみたんだけど、どうしてもあなたを好きな気持ちが残ってて。それは消してないからだし、消すつもりもないんだけど。で、結婚10年目を迎えた時に、この10年が結婚生活よりもあなたへの消化されない気持ちを抑えていた10年だったことに気づいてそれで」

 そこまで言って、コーヒーに口をつけた。私の視線の行く末がなくなる。

「彼とは一緒にはもういられないなぁと思って離婚する。で、あなたにもちゃんと気持ちを伝えておきたかった」

 浅野はまたうつむいて、少し口角を上げた。ごめんねと再び呟くと、その口元に寄せる手が小さく震えている。

「私の、どこを好きでいてくれたの」

 私が聞くと、浅野はパッと顔を上げた。その名の通り好きなものを語るようにして、思い出しながら教えてくれた。
 10も20も自分の好かれているところを聞けるとは思わず、私は泣いた。泣いたまま、浅野の震える手を握る。私の手も震えていることに浅野が気づき、彼女も涙した。

「あなた、震えているじゃないの」

 やっと手に入ったのだと、私は小さく震えている。口の中に残ったヤングコーンのいくつかの粒を咀嚼しながら。

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