![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/143118456/rectangle_large_type_2_a21e22d7afbcca29eca9699165c485fa.jpeg?width=800)
0606_ヤングコーン
「私、離婚するのよ」
学生時代からの友人である浅野に目の前でポンッと言われた。その時私は、一緒に来たランチのサラダバーで山盛りにしたヤングコーンを口に入れたところだった。入れたからには咀嚼して飲み込まなくては答えることも出来ず、どうしようかとソワソワしながた。コリコリシャクシャク。ゆずドレッシングがまだあまり染みていなくてヤングコーンの味が口いっぱいに広がる。
「そうなんだ」
飲み込み終えて口に出た。あんなに仲良かったのにとか、何があったのとか、一般的に聞くだろう質問を浮かべては消す。
「あなたが好きなのよ」
浅野が言った。伏し目にしてコーヒーを見ては、少し笑っているようだった。私も思わず彼女のそのコーヒーを見る。そこには何も映っていなければ、コーヒーの香りすら私には分からない。
「いつから」
コーヒーを見たまま、私は聞いた。
「高校の時からずっと」
浅野は顔を上げた。私はまだ浅野のコーヒーを見ている。
私のどこが好きで、だったらなんであの人と結婚したの、結婚して10年も一緒にいたのに何で今、離婚するの。聞きたいことはいくつも浮かんで消える。
「ごめんね、急に。結婚してみたんだけど、どうしてもあなたを好きな気持ちが残ってて。それは消してないからだし、消すつもりもないんだけど。で、結婚10年目を迎えた時に、この10年が結婚生活よりもあなたへの消化されない気持ちを抑えていた10年だったことに気づいてそれで」
そこまで言って、コーヒーに口をつけた。私の視線の行く末がなくなる。
「彼とは一緒にはもういられないなぁと思って離婚する。で、あなたにもちゃんと気持ちを伝えておきたかった」
浅野はまたうつむいて、少し口角を上げた。ごめんねと再び呟くと、その口元に寄せる手が小さく震えている。
「私の、どこを好きでいてくれたの」
私が聞くと、浅野はパッと顔を上げた。その名の通り好きなものを語るようにして、思い出しながら教えてくれた。
10も20も自分の好かれているところを聞けるとは思わず、私は泣いた。泣いたまま、浅野の震える手を握る。私の手も震えていることに浅野が気づき、彼女も涙した。
「あなた、震えているじゃないの」
やっと手に入ったのだと、私は小さく震えている。口の中に残ったヤングコーンのいくつかの粒を咀嚼しながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
18時からの純文学
★毎日18時に1000文字程度(2分程度で読了)の掌編純文学(もどき)をアップします。
★著者:あにぃ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?