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0717_私のオアシス

 ビルとビルの隙間の通りを、私は密やかに歩いた。病院の予約をしているのだが、予定よりも随分と早くに着いてしまった。検査前であることから、例えばおしゃれなカフェでコーヒーを一杯、と言うわけにはいかず、そうなると飲食店には入れないので座る場所さえない。

 仕方無しに、ビルとビルの隙間にいる。

 モワッとする生温い風が私を抜けて先を行く。私は急ぐ先もないので、最近ではほとんどないほどゆっくりと歩いている。だからますます風に抜かされる。

 私の通いの病院が、比較的都会にあって良かった。高層な建物で隠れる場所は山のようにある。ただし、人も多い。
 しばらく歩いているとやっぱりここにも人がある。あ、座っていらっしゃる!
 私は逸る気持ちを抑え、急ぐ足並みも抑えて、慎重に歩みを進める。

 俯く男が一人いる。通りの外には人が多かったが、ここには他にいない。
 奇妙なイスに座っている。果たしてこれはイスなのだろうか。円錐(学生来久々に使った)の先端を地面に付け、平たくまるい面の部分に腰を掛けていた。

 私も座りたい。
 幸いにもそのイスたちは他に5つ並んである。私が座っても差し支えなかろう。

 ······真似した、と思われるだろうか。

 もしくはここは彼のオアシスかもしれず、私はそこに足を踏み入れてしまった無法者かもしれない。そうであるならば、彼に申し訳ない。

 でも、座りたい。座って生ぬるい風を受けながら、読みたかった本を読んで時間を過ごしたい。せっかくの有給休暇を、カフェで優雅に過ごせない代わりにここでいいからなんだかのんびりと過ごしたい。

 真似をしたと思われても、俺のオアシスが!と思われても、もういい。私は座って本を読む。

 私は男の前を通り過ぎ、3つ向こうのイスに座った。ようやく腰を下ろそうとした時、声がする。

「ごゆっくり」

 私はどこからか聞こえた声に反応し、頭を上げる。私の他には彼と言う男しかいないのだから、声の主は彼の他にいない。けれど、すぐに彼の方を向くも、変わらず俯いて本を読んでいるままだった。

 えー、ごゆっくりってどういうことー!

 とか、なんとか頭に浮かぶが、「ごゆっくりって、今言いました?」などと聞けるはずもない。結局、私は本を取り出したものの、男が気になって仕方なく、物語には没頭できない。

 そうして、検診の予約時間となった。

 私の優雅な有給休暇の1日である。


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