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0505_葉の間

 見上げると光が差し込んでいた。
 色などついていないだろうが、白や黄色、時々薄い青や赤が見えた。多色が偏光しキラキラと光って見える。

 いや、違う。光が差し込んでいたのではなく、光はただそこにあり、葉や枝の隙間もまたそこにあるだけで、それらが重なっていることで光がこちら側に飛び出て見える。それを『差し込んで』見えたと思っただけである。ただ、それだけである。
 私が見上げたことで、まるで私に光が差し込んだなどと思うなんて、なんと傲慢な考えなのだろう。
 そんな風に思ってはまた、私は真上を見上げてみる。すると、いつものように、キラキラと私の視界全てが美しく輝いているのだった。

 寂れた公園の一角、木のベンチとテーブルが2セット置いてあり、その四方に木柱が立つ。それらを繋ぐようにして天井全面が葉や枝、蔓で埋め尽くされているのだった。その所々のある隙間や鳥がつついてずらした合間から空の明るさがそこに滲むのだ。陽の光が差し込むのではなく、そこに空の明るさを垣間見る。
 私は大層、この場所を好んでいる。
 悲しいときにはここに来て真上を見上げる。嬉しいときにはここに来て、真上を見上げる。そうして私はいつも、目を潤ませるのであった。
 すると、その溢れた涙の粒が目の下に溜まり、そこに天井から届く陽の光があたり、私の視界は弾け飛ぶ。なんと幸福で綺麗な世界が一瞬にして広がるのだった。

 今日の昼下がりも同じようにして、私は目を潤ませていた。
 この世に、この瞬間に生きていると言うその事実が妙に胸を熱くさせていた。何があったわけでも、何があるわけでもないのに、私は幸福であったのだ。
 それなのに、私の視界はキラキラと輝き煌めいている。

 ふと、上に向けていた目を下ろし、横に向けた。葉や蔓で覆われた天井のない、心地よい空の開けたなにもない場所である。

「あ」

 私は、思わず声を出す。
 そこでは、独りの爽やかな少年が眩しそうに空を見上げていた。それは煌々と陽の光が射す、そうだ、主人公のようだった。

「今日はとても良い天気ですね。暑いくらいだ」

 少年は爽やかに笑い、眩しがり、私に言った。

 葉の隙間の、溢れた光を浴びる私ではなく、全身に光を浴びている少年。彼は私に手招きをした。

「こちらの方が暖かくて明るい。さあ、どうぞこちらへ」

 私はもう一度真上を見上げる。光の煌めきはちゃんとあるのに、空を見ることはできないのだった。

「もっと広く見るといいですよ。幸福は、とても広い」

 見上げた空は煌めいてなどいなかった。
 けれど、広く爽やかな光に満ち、私の涙はすっかり乾いていた。
 
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